第19章 お引っ越し
立ち上がって頭を下げる。
座ったまま、挨拶しては失礼な相手だからだ。
だって…。
「お久し振りです。澤村さん。」
来訪者は、私の元上司だったから。
「久し振りだな、大熊。番組、いつも見させて貰ってるぞ。」
「あ、有難う御座います。」
仕事をしていた頃の癖なのか、つい頭を何度もペコペコと下げてしまう。
ここまで、恐縮する必要は多分ない。
「そんな畏まらないでいいだろう?もう、お前の上司じゃないんだから。」
「あ、はい。すみません…。」
構わないとされても、癖は癖。
また何回も同じように頭を下げてしまって、苦い笑いを浮かべられた。
「…あの、澤村さん。何で急に?」
「あぁ、うちの会社のな、大口の取引先なんだが…。会合にお前を連れて来いと言い出してな。
もう退職したので、と断っても聞かないんだよ。寧ろ、交渉もせずに断った事を根に持たれているから、こうして頼み事をしに来たんだ。電話も、繋がらなかったしな。」
何となくで来る人じゃないから、理由はあると思っていた。
さっきの事があってから、電源を切ってしまったから繋がらなくて直接来たようだ。
「なんか、すみません。」
ちょっと有名になってしまうと、どうしても付いてくる、こういうトラブル。
元とはいえ、上司の頼みをすぐには断れずに黙り込む。
「仕事のオファーなら、聞いてやってもいーぜ?今までと違うワンデレラの活動すんの、おもしれーじゃん。中小企業の会合に呼ばれるとか、元地味子のお前には丁度いーし。
ま、タレント活動の一貫として、カメラ入れていーならな。」
勝手に仕事として話を纏め、そのまま澤村さんと社長が話を始めた。