【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)
第5章 フォトジェニックな彼ら
すっげー美形! と騒ぐ彼につられて朔弥の周りにわらわらとさらに密な人垣が生まれる。
178センチある朔弥の身長は決して低いわけではない。しかし、群がる人の数に圧倒され埋もれてしまった憐れな青年に、お前らいい加減にしろ、と呆れ顔の男が割って入ろうとした後ろから、瞬間、熱風のような凄まじい威圧感が立ち上る。ばっと振り返った男の視線の先、扉を開いて立っていた体躯の立派な彼が、放つ気とは裏腹に凪いだ海のような静けさで、ゆっくりと口を開いた。
「なにをしている」
決して荒げることのない、地の底を這う冷徹な声。その既視感に朔弥の顔がさっと青褪める。
先ほど及川と交わしたようなじゃれ合いは、彼が相手だったからこそまだ笑って済ませられた。けれど、この状況は不味い、非常に不味い。大会も近いというのに、外部の人間と悶着など起こそうものなら大変なことになる。出場停止——最悪の結末を脳裏に浮かべて朔弥は短く叫んだ。
「若利! なにもしてない!」
「わっ、突然なに?」
「わかとし、って……誰?」
俺は無事だから早まるな、と人垣の中から両手を挙げて懸命に朔弥がアピールする。なになにどうした、とその剣幕に押されて僅かに解れた人の輪を掻き分け、仁王立ちする牛島の元へ這々の体で駆け寄る。ボールと二本のペットボトルで彼の手が塞がれていたことに、朔弥は安堵の息を漏らした。
「水ありがとう!」
「……ああ」
「いやあ良く飛んだね、ボール! さすが若利。黄金の左って感じで、」
「紀伊」
「う、」
話を逸らすことを許さない真剣な表情に、朔弥は言葉を詰まらせた。状況の説明を求められている、ということは瞬時に理解したが、彼を満足させられるような情報は残念ながらなに一つ持っていない。一人でいたら突然現れた彼らに絡まれた、などと口走ろうものなら、と考えて身震いした朔弥の姿をどう捉えたのか。置いてきぼりの見知らぬ集団に向けて、彼はまたぞわりと底冷えのする怒気を滲ませた。
「! ち、ちがうってば!」
なにが違う、と言いたげな牛島の袖を掴み、朔弥は慎重に当たり障りのない言葉を紡いだ。
「この人たち、初めてここを使うみたいだったから、ちょっと設備の案内をしてただけ」
「……他には」
「他? 他にはなにもないよ、」