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【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)

第5章 フォトジェニックな彼ら


 キュッと紐を結ぶ。糊の利いた綺麗な蝶々結びのその先を丁寧に靴先へ垂らして、トントンとワックスのかかった美しい板目を爪先でノックした。
「下ろしたてはやっぱりまだ固いなー」
「ここを五十周もすれば多少は馴染むだろう」
「……冗談、だよね?」
 恐る恐る見上げた牛島の顔が至って真面目であったので、朔弥の顔が見事に引き攣る。ん? と見下ろした牛島に、ボールに触る前にバテるから却下、と朔弥は屈伸をしながら眼前に広がる見慣れた白いネットを眺めた。
 ここ仙台市体育館は朔弥が狙った通り連休中にも関わらず利用者が少ない。否、連休中だからかもしれない。自分たちの他には奥で卓球台を出してキャッキャと楽しむ親子連れがいるのと、中学生だろうか、バドミントンをする愛らしく初々しいカップルがいるだけだ。
 コートを三面取れる広いこの第一競技場の一番手前にネットを張って、二人は悠々とラリーを始めた。
 先ほど購入したばかりの靴を慣らすという意図もあったが、やはり自分たちが一番楽しめるのはボールに触れている時だ、と改めて実感する。
 延々と続くラリー。キリがないし芸もないからこの際しりとりでもする? と切り出した朔弥に、ルーマニア、と牛島がさっそく乗った。アイスランド、ドイツ、ツバル、ルクセンブルク、クロアチア、アメリカ、カナダ——。半刻ほど経った頃、彼らが次々とお題の縛りを変えながら一度もボールを落とさない事に気付き、奥で卓球を嗜んでいた若い父親が、凄いな、と感嘆の息を漏らした。
「紀伊」
「ほっ、と。なに?」
「しりとりは飽きた」
「じゃあ次は元素記号を一から順に答えてく?」
「……打ちたい」
「ふふっ、我慢が効かないね、若利は!」
 その言葉とともにポーンと高く甘い球を上げる。煌めく彼の瞳はさながら獲物を視界に捕らえた捕食者のよう。生き生きとした表情で牛島は数歩後ろに下がる。そこから助走をつけ、だんっ! と思い切りよく踏み切った彼が渾身の力でバックアタックを決めると、跳ね上がったボールが高く高く、二階の観客席へと吸い込まれるようにして消えていった。
「あー!」
「……すまん、取りに行ってくる」
「ははっ。うん、よろしく」
 ついでに自販機で水買ってきて、と駆け足で去る牛島へ声を掛けて、朔弥は長時間のラリーにひりつく腕をさすった。
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