【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)
第3章 星に願いを【Xmas番外編】
「子供の頃は考えていた」
「あっ、うん、なに、をっ?」
ハッハッと息が切れる朔弥より圧倒的に速い速度で走っているにも関わらず、まるで座って談話するかのように牛島は淡々と話し出す。
「サンタクロースの定める『良い子』の基準について」
「はっ? っうぁ、っぶな!」
危うく足をベルトに取られそうになるのを、寸でのところでバーに右手を掛けて堪える。大丈夫か、と目線だけこちらに向けた牛島に、だいじょぶ、と答えマシンの停止ボタンを押しながら、話の内容が大丈夫じゃない、と胸の中で叫ぶ。
「誰かに教わったんだ、サンタクロースは良い子のところにだけやってくる、と」
それが親だったのか教師だったのか、友だったのか。もう思い出すことはできないが、と続ける牛島の会話をここで断つ術を朔弥は持たない。どうにかしてこの話題を切り上げなければ、とクールダウンのゆっくりとした速度で流れるベルトを、やや食い気味の速度で歩く朔弥の胸の内など知る由もなく、牛島は更に続けた。
「俺の元にクリスマスプレゼントが届かなくなったのは、親が離婚した年からだった」
ハッと息を飲む。そういえば、高校に入学して間もない頃に天童たちと共に彼の両親が離婚したという話を聞いた。あの時と同じように、ただ事実だけを語る牛島の口調は穏やかだ。
「若利……」
「身に覚えは無いが、もしかしたら自分が何か悪い行いをしたから二人が別れることになったのかもしれないと、そう思った」
「若利、それは」
絶対に違うと否定しようとした朔弥に、わかっている、と牛島は緩やかに首を振る。
「原因など俺が考えたところでわかるはずもなかった、知ったところでどうすることもできない。それはわかっている」
ただ、と自身も停止ボタンを押して牛島は呟く。朔弥の足元のベルトは既に停止していた。
「あの年から、俺は彼の定める『良い子』の基準を満たせないでいる」
なかなかに厳しい基準を設けているようだ、と真顔で言ったあと、朔弥の左腕に目を向けた。
「……今年も、来ないだろうな」
つきん、と胸の奥が痛む。三角巾で吊るしガチガチに固めていたギプスは取れたが、未だに黒いサポーターで固定している左肘はどうしたって目立つ。それを見るたび僅かに揺れる金色の瞳が、ゆっくり閉じて、開かれる。