【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)
第2章 君のボールに恋してる
あれが欲しい。欲しい、――欲しい。
ココンっ、と軽快にドアをノックする音に、意識が現実へ引き戻される。若利、入るよ? と顔を覗かせた彼は、ベッドに腰掛ける牛島と目が合うとぴくりとわずかに後退った。
「? どうした」
「いや……あれ? なんだろ、なんか一瞬、防御装置が作動した」
誤作動起こしたかな、と首の後ろに手を添えて、ああそうだ、とこの部屋へ来た目的を思い出す。
「英語の課題終わった? 電子辞書教室に忘れたっぽくてさ、貸してくれない?」
「引出しに入っている。課題は終わらせているから、明日返してくれればいい」
りょーかい、と勝手知ったる仕草で引出しの中から電子辞書を取り出しパーカーのポケットへ入れる朔弥に、牛島はふと疑問を投げかけた。
「まだやってなかったのか」
「覚とテレビ観てたら、ついこんな時間に」
「そうか」
「貞子II、超怖かったよ……THE・ジャパニーズ・ホラーって感じ」
恐ろしいシーンを思い出したのか、ぶるりと身を震わせた朔弥が牛島の手の中にあるボールに気付いてスッと両手を差し出す。反射的にボールを投げ渡した牛島に、ニッと笑みを返した。
「かなり空気圧が減ってるみたいだ、電子辞書貸してくれたお礼にこいつをメンテしたげる」
「礼などいらん。が、それは助かる」
しゅるる、と朔弥の人差し指の上で器用に回されるボールが、どこか嬉しそうだ、と牛島は意思などないはずのそれを眺めて、ふ、と微笑した。
「ボールは恋人、か」
「は?! ちょ、なんでそれを!」
「天童から聞いた」
あんにゃろ、と唇を噛んだ朔弥の顔が羞恥に染まる。つい先日、廊下で急に声を掛けてきた下級生から受けた告白への断り文句を引用されて、はあと深く溜息を吐いた。
春はなんとも厄介な季節だ。暖かな気候や甘い花の香りが、若い本能を刺激して浮かれた気分にさせるのだろう。話すことはおろかまともに顔を合わせたこともないような自分に、特攻を仕掛けてくる新入生。去年の春は何人いたかな、と朔弥はまた一つ息を吐く。
ボールに恋って、そこはせめてバレーに集中したいとかじゃないの、と偶然現場に居合わせた天童に、帰り道で目に涙まで浮かべて笑われたことを思い出す。
「……急だったし。どうやって傷付けないように断ろうって考えた結果、とっさに出たんだよ」
