【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)
第2章 君のボールに恋してる
悪いか、と唇を尖らせた朔弥に、いや、と牛島は首を振る。実に彼らしいな、と思う。そして自分もまた同類であると感じたから素直に同意した。
「おそらく、これが恋なんだろう」
「若利?」
牛島がゆっくりと立ち上がる。朔弥の見下ろしていた視線も、ゆっくりと上に上がる。
中学で出会ったあの時、初めて触れたあの瞬間に、きっともう「落ちて」いた。
一歩進み出る牛島と朔弥の間に、今は誰もいない。真っ直ぐに打ち抜かれた牛島の言葉が、防御装置を解除していた朔弥を捕らえた。
「俺は、お前のボールに恋をしている」
◇ ◇ ◇
あいつらやっとひっついたか、とは大平の言葉だ。朝練後の食堂で、天童と瀬見、大平が三者三様の面持ちで初々しい恋人たちを遠巻きに眺め見る。
「ほんっとウケる、若利君の口説き文句、聞いた? 二人してありえないでしょ、ボールって!」
「バレー馬鹿二人で似合いじゃないか」
「若利、中学の時から朔弥をロックオンしてたのはバレバレだったのに、あの頃は周りのガードが固かったしな」
「一緒の高校に入ってもさー、朔弥君怪我させたーって凹んで、それどころじゃなかったみたいだしねぇ」
しみじみと頷き合いながら、ほろり、と表情をほころばせる。
先程ロッカールームで牛島が突然朔弥との交際宣言をしたせいで、あっという間にこのことは学校中に知れ渡った。どんな質問にも明け透けに答える牛島を面白がっていじる天童に、いい加減にしろよ! とキレ気味に恥じらう朔弥がまた微笑ましい。そんな衝撃的な朝の一幕だった。
「んま、男同士なのにーって意見があんまり出ないのは、やっぱりあれか」
「ああ、朔弥のあの容姿じゃな」
「考え事してる時の無表情な朔弥君なんて、もうほんとゾッとするほど美人なんだもん」
本人にその自覚はあまりないみたいだけど、と天童は肩をすくめる。まあとにかく良かったよ、と空になった器を乗せたトレーを手に、大平は席を立つ。その向こう側で、麗らかな春の陽光が美しい二人を照らしている。
こうして、白鳥沢学園最大最強の、俗に「鷲鷺のツガイ」と呼ばれるカップルがここに誕生したのだった。
(君のボールに恋してる・了)