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【HQ】片翼白鷺物語(カタヨクシラサギモノガタリ)

第2章 君のボールに恋してる


 確かに、スパイク練習するならブロックはあったほうが良い。しかし、今はどちらかというとただ純粋に朔弥の上げたトスを打ちたかっただけなので、牛島は少々渋った。
「俺はブロックがなくても良いんだが」
「ん? 止められるって心配してる?」
「心配などしていない」
 むっと眉根を寄せて食い気味に反論する牛島に、朔弥はからりと言い切った。
「ならいいよね。だって、こんなに綺麗なスパイクを側で見ないなんて勿体無い」
 そんなふうに言われて嫌な気分になるスパイカーが、どこにいるというのか。沈黙を肯定と解釈した朔弥は、ぐるっと体育館を見渡して再び声を上げた。
「誰かいない? 牛島くんに粉砕される貴重なチャンスだよ!」
「粉砕確定かよ! ちくしょう俺が止めてやる!」
「あ、若宮が釣れた」
 蒼鷺の鬼の副主将、ミドルブロッカーの若宮が鼻息荒くネットの向こうに立ったのを見て、クスクスと朔弥はおかしそうに肩を揺らす。遠巻きに様子を伺っていた者たちの中からも他に高身長の二名が名乗り出て、堅牢な三枚ブロックが牛島の前に立ち塞がった――。

 結局、予定よりも三十分遅れて各校のバスは白鳥沢を発った。いつまで経っても部員が集合場所に現れないことに痺れを切らした監督たちが体育館を覗きにくるまで、延々とトスを上げ続けた朔弥はバスの中から牛島を見つけて小さく手を振る。怒られちゃったな、とぱくぱくと開閉する朔弥の唇を読んで、すまん、と牛島は小さく手を挙げた。
 バスを見送り終わると、時間厳守のルールを破った罰として牛島は外周10キロを走らされることになった。しかし、冷めやらぬ興奮に足は羽が生えたように軽く、そして瞳は爛々と燃えている。どこまでもどこまでも、走り続けられそうな気がした。

 無駄な回転も加速もない、至極素直で、焦りや苛立ちなどの感情や戦術的思考といった不純物の含まれない無垢なボールが、するんと目の前に差し出されたあの感覚――。

 あれを知ってしまっては、もう知らなかった頃の自分には戻れない。中毒性のある恐ろしいトスだ、もう思い出しただけで打ちたくて打ちたくて、堪らない気持ちになっている。
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