第2章 夏の話
「で?ヴィクトルに何されたの?」
沢山寝たお陰で隈は無くなっていおり、メイクで誤魔化さなければいけないということもなくなった事でギリギリ遅れず教室に滑り込んだ私は、きっちりと時間いっぱい集中してレッスンを受けられた。
そして帰り支度を始めようとした瞬間、ミナコ先生に問い詰められた。
まさか今になって聞いてくるなんて、完璧に油断していた。
「えー、何ですか?急に、何もされてませんって」
「あんた顔面蒼白にして、思いっきり突き飛ばしてたじゃない」
「前から苦手だって言ってたじゃないですかー」
「昨日のあれはそういうんじゃなかったように見えたけど?何隠してんの?聞いちゃいけないような事?」
流石に手強い。
これはなかなか納得してくれないな。
長丁場にするつもりは無かったので、とりあえず走りながら考えた、私にとって心に大ダメージをくらう方便を使うことにした。
「ミナコ先生、実は私、彼の事好きになっちゃったんです」
「は?」
「でも苦手意識は抜けないんですけどね。それで昨日抱きしめられたとこまでは我慢出来たんですけど、あの人俺と恵利の仲って言ったでしょう?それで、ちょっと恋人になったみたいな妄想が浮かんできちゃって…でも現実はただの勇利の姉と勇利のコーチじゃないですか、そのギャップに耐えられなくてついあんなふうになっちゃったんです。周りに苦手って言い回って来たのに好きになっちゃったなんて恥ずかしくて言えなくて、それで最近悩んで眠れなかったんです。すみません。」
自分で考えておきながら意味不明な理由だけど、仕方がないのです。家からここに走って来るまでで考えた急ごしらえなんです。
「はー…心配させないでよねー、もう。コンクールまでにその悩みどうにかなさいよ?」
「あはは、すみません」
これで誤魔化せたのかな?とりあえずもうボロは出さないように気をつけなきゃいけない。
「にしても、まさかあんたがヴィクトルを好きになるなんてねぇー」
「もー、絶対内緒にして下さいよ!それじゃあミナコ先生、また次のレッスンで」
「はーい、気をつけて帰んなさいねー」
笑顔で教室を後にした私は、建物から出たところで大きくため息をつき、自分のついた嘘に自己嫌悪しながら帰路についた。
いっそヴィクトルを好きになったら楽になるかしら?
いや、ないな。ないない。