第5章 初デートは甘くない
‐木葉side‐
目の前で、熊野が考え込んでる。
多分、今の行動の何が普通じゃねぇのか、分かってない。
水族館来て、さ。
捌く事とかばっか、考えてんのも変っちゃ変だが。
何故かマグロだけは、食用扱いしなかった。
それを食ってる俺を、嫌がるどころか、自分も同じような事をしてるって見せ付けてくるとか、どう考えても普通じゃねぇだろ。
しかも、冗談とか、ふざけた感じのない、真顔でやるから、面白いんだよな。
ここまで、説明してやろうかと思ったが、止めた。
こんな事すら、真面目に考える姿が可愛くて、眺めてたいから。
だが、そんな甘い時間は長く続かず。
俺のスマホが着信を知らせて音を立てた。
相手を確認すると、勤め先の店からで。
保留にしても、何回も掛かってくる。
嫌な予感しか、しねぇ。
「出たらどうですか。」
「…おぅ。」
席を外して電話に出ると、嫌な予感は的中して。
バイトが急に休みやがったとか、何だとかで呼び出された。
正直、仕事より熊野優先してぇ気持ちはあるが…。
熊野の性格、バカみてぇに真面目なトコを考えると。
自分の為に仕事を断った、なんざ、気を遣わせるだけの展開だ。
席に戻って、呼び出しの事を話す。
「行って下さい。デートなんか理由に断ったら、後に響きます。」
ほら、やっぱり。
熊野は、俺より俺の仕事とか、立場とか気にしてくれんだ。
仕事と私、どっちが大事?とか聞いてくる面倒さが無いのは、俺の方が淋しいわ。
こんな事になんなら、いつも通りの家デートで甘い時間を過ごせば良かった、と思いながら、俺達の初デートは幕を下ろしたのだった。