第5章 初デートは甘くない
それからも、水槽を眺めながら歩いている中の会話は、捌き方だったり、調理方法だったり。
その話を理解出来るのだから木葉さんも、やっぱり職人である。
本当は、もう少し恋人らしい会話をしたいのだろうけど。
残念な事に、私が提供出来る話題は料理関連しかない。
「なぁ、熊野。これ、声に出して読んで?」
「シカクナマコ科マナマコ属マナマコ。」
どうにか、料理以外の話にしようとしたらしい木葉さんが指差したプレート。
掛かれていた文字を読み上げると、つまらなそうに唇を尖らせた。
「噛まねぇな。」
確かに、口に出して言い辛くはあったけど、そこまでではない。
もしかして、話を変えようとした訳じゃなくて、食感の事を、言ったのだろうか。
「コリコリして、美味しいですよね。日本酒に合います。」
「違う。」
観賞物としてではなく、食用としての返答は間違いだったらしい。
「何が、違いましたか。」
「…ウン。お前、そういうコだったわ。」
それでも、手を離したり完全に無言になったりする事はないから、機嫌が悪くなった訳ではなさそうだ。
1人で納得したように頷いている。
その後も、水族館の水槽というよりは、料理店の生け簀を見ながらのような会話を続け。
メインのマグロが泳ぐ、巨大な水槽まで辿り着いた。