第19章 たまには女子だけで
黒尾さんが、笑う。
とても綺麗に、作り上げられた笑顔。
何かを誤魔化す時の、顔。
「…黒尾、な。別にクロでも構わねぇけど。」
「…は?」
「あんま、婚約者不安にさせるような事すんなよ?」
上手く話を逸らした黒尾さんの視線が月島くんの方へ。
それで、聞かれていただろう会話の内容を思い出したらしいりんさんは、口を閉じた。
「月島、今日は家戻るか?それとも、彼女んトコに泊まり?」
「泊まりで。…ほら、もういい時間なんだから帰るよ。」
黒尾さんは、きっと呼び方を矯正する機会を与えようとしている。
月島くんも、それに気付いたようで、りんさんの手を引いた。
「え?あの、ちょっと…。月島くん?」
いっぱいいっぱいの状態になっているようで、目を瞬かせてるりんさん。
こんな、パニック寸前では、慣れた呼び方しか出来ないに決まっている。
なのに、月島くんには不愉快だったようで。
「月島って言ったら、僕の親も兄も、親戚にも居るよ。…りんさんが呼んでるのは、どの月島デスカ?」
「私の知り合いの月島は貴方しか居ません。」
「近々、沢山の月島と知り合う事になるんじゃない?まさか、うちの親の前でまで、名字で呼ぶ気?」
りんさんを完全に攻め落とそうとしている。
「…蛍、くん。」
数秒の間があってから聞こえてきた声は、りんさんの敗北宣言だった。