第16章 複雑に絡む
‐りんside‐
この家を買ったのは、熊野きとりの転勤の話を聞いてすぐだった。
あの人が居なくなるなら、遠くに行くなら、私にも勝ち目があると思ってた。
合鍵を鉄朗に渡して、こっちに住んでくれるのを期待していた。
でも、鉄朗の答えは…。
「あの人の大事なモン、俺も一緒に大事にしてぇんだよ。」
コレで。
その大事なモンってやつが人間…しかも、女。
それを引き受けちゃうのが、元来の性格で世話焼きな鉄朗だから、不愉快には思わなかった。
だけど、私は、その熊野きとりが大事にしている女より、更に下の扱いになるのは気に入らなくて。
賭けに、出たんだ。
店を辞めて、就活する。
いつまでもキャバクラにいられる年齢でも無くなってきたからって理由で。
その間は、私だけを支えて欲しいって。
「りんサンは、独りでも立てる女だろ?意地とか、虚勢とかじゃなくて、アンタは立ってられる力がある。」
本当に傍に置きたい人は、他の人間の為に遠くに行く事を選択してて。
更に、本人が丁度良く就活の年だったから、その人を基準に就職を考えるか悩んでて。
鉄朗自身、精神的に限界を越えてたんだって、今なら分かる。
今まで、分かった顔して自分より熊野きとりを優先してって言っていた私が、突然そんな事を言う。
無茶苦茶な選択を迫る。
自分を選ばせたいって欲を全面に出した私を突き放すのは仕方がない事だった。