第16章 複雑に絡む
「鉄朗と熊野きとりは、鉄朗が30歳になったら結婚しようって約束してたらしいの。その時に恋人がお互いにいなければって条件付きでさ。
そんなもので、気持ちを縛るのは残酷じゃない?」
約束に、残酷なものなんか、あるんだろうか。
あるのは、守れるか、守れないか、それだけだと思う。
今まで見てきた2人の関係の中で、感じ続けていた疑問の欠片が纏まった気がした。
黒尾さんが、今でも何よりきとりちゃんを大切にしている事とか。
別れた筈なのに、驚く程に近い2人の距離感だとか。
お互いの未練を認めて、時期を見計らって居るからこそ、友人や、元同居人って枠に収まらない、2人だけに分かる絆があるんだ。
それに、黒尾さんは約束を守ろうとしている。
そうでなければ、あんな事は聞いてこない。
私が秋紀と付き合うまで、片想いした期間…10年。
その答えに、安心したような顔で笑ったのは、きっと。
黒尾さんが、きとりちゃんを待たせる期間も、同じくらいの年月だからだ。
約束があったらもっと待てたか、なんて聞いてきたのも、そこに繋がる。
「守るつもりなら、残酷じゃない。黒尾さん、きとりちゃんの事、今でも…。」
「…でしょうね。知ってるわ。鉄朗が本当に大切にしてるのは、何より幸せにしたい女は、熊野きとりだけだって。」
自分の持つ情報から、確信出来た答えを告げた。
黒尾さんを残酷な男のままに、しておきたくなかったから。
だけど、彼女もそれは知っていたようで安心したけど。
「…だから、別れたの。」
その後に、続けられた言葉に目を瞬かせるしかない。
今の話の中で、この人と黒尾さんが付き合ってた旨を示すような言い回しは無かった気がした。