第9章 名前を呼んで
木葉さんとの仲直りが済んで、日常が戻ってきた筈だ。
なのに、モヤモヤとした感じが抜けない。
理由は分かっている。
木葉さんが、私を呼ばないのだ。
なぁ、とか、お前、とか。
私の名前を忘れてしまったのように、固有名詞を口にしない。
もしかしたら、私なんか個人として認識したくない程に嫌いで。
仲直りしたのも、木兎さん達の手前、仕方なくで。
本当は、この前の事をきっかけに別れたかったのかも知れない。
そう、思ってしまうには充分だった。
「なぁ、りらちゃん。今日、機嫌悪いか?」
「…いえ。」
「でも、めっちゃ笑ってるぞ。」
元々、私は無表情である自覚はある。
そんな中で、元同居人が私の機嫌を察知するのは、作り笑顔。
これが、出ている時の私は機嫌が悪い。
店に来ていた木兎さんに気付かれてしまう程、外に感情を出していた事を恥じた。
「なぁ、かおるちゃん。もう今日は俺しか客いねーし、早いけど店閉めね?
りらちゃん、なんか無理してるぞ。」
「そうだね。…りらちゃん、暖簾入れちゃって。…んで、飲み行こう。なんか嫌な事あったなら聞くからさ。」
「…お構い無く。大丈夫です。」
このカップルは、人の事を構いたがりだ。
私のように、自分から人に相談とかするのが苦手な人種には、こうやって聞く姿勢をみせてくれるのは有難いけど。
この前、険悪な状態から仲直りしたばかりで。
その時も凄く心配されていたのに、また関係がおかしくなりそうな相談なんて出来なかった。