第37章 約束☆信玄
二人は近場の茶屋に入ると、長椅子に腰を下ろした。
『お嬢さん、茶と団子を二つずつ頼む。』
慣れた口調で信玄が店の娘に声を掛ける。
『あら、信玄さま。いらっしゃいませ。』
…語尾にハートがついてるのは気のせいかな。
『今日は随分と可愛い殿方をお連れですのね。』
ちらりとあきらを見やる。
挨拶しないわけにもいかないか。
『あきら之丞と申します。以後、お見知りおきを。』
にっこりと笑いなから お辞儀をする。
『は、はいっ!』
それだけ言うと、頬を染めて店の奥へと小走りで去っていった。
ん?私、なんか変な事 言ったかな?
首を傾げているあきらに信玄が にやにやしながら言う。
『あの娘は大層惚れっぽいらしい。あきら之丞、気に入られたようだぞ。』
え?そうなの?
嬉しいような嬉しくないような。
あきらが何とも言えない表情を浮かべていると、
『あきら之丞は誰か心に決めた女子がいるのか?』
と信玄に尋ねられる。
『えっ!?いません いません!第一 知り合う機会も無いですし。』
知り合っても お友達にしかならないと思うけど。
『そうなのか?それだけの器量なら女子の方から寄って来そうだが?』
『あはは、ありがとうございます。そういう信玄さまはどうなんです?思い人はいらっしゃるんですか?』
あきらが尋ねると、少しだけ信玄の表情が曇った。
『俺は…そういう者は作らないようにしている。この時代、戦で いつ命を落とすか解らない。俺が死んだら、残った相手が可哀想だろう?』
そう言う信玄の顔は、苦しそうに歪んでいた。
なんとなく見てはいけない気がして、あきらは俯く。
『そう…でしょうか?たとえ死に別れたとしても、愛し合った確かな想いがあれば、私は幸せだと思います。』
自分が死んだ後の事だけ考えて人を愛さないなんて違う気がする。
そう思ったら、つい語ってしまった。
若造が生意気な!と思われたよね。
そっと隣を盗み見る。
信玄は驚いたような顔で遠くを見ていた。が、すぐに優しい眼差しであきらを見つめると、
『そういう考え方も…あるんだな。』
と呟いた。