第20章 先生☆家康
ある日の朝、あきらは家康と2人、家康の御殿内にある射場(いば)にいた。
胸当てをつけ着物の袖をたすき掛けにして、家康の言葉に うんうんと頷く。
以前、秀吉から言われていた弓の稽古をつけてくれているのだ。
『いーい?あんたは初心者なんだから、いきなり弓 持とうとか思わないこと。』
『え?』
弓に伸ばしかけていた手を引っ込める。
『あのねー、弓は遊びじゃないから。基本からしっかり覚えてもらうよ。はい、もう一回!』
そう言われてあきらは渋々 何も持たずに基本姿勢の練習を続ける。
あっという間に一刻が過ぎた。
基本の型だけなのに体バキバキだ…。
『すこし休憩したら弓 持ってみる?』
『え、いいの!?』
家康に言われてあきらは満面の笑みを返し、家康は素っ気なく頷いた。
少しの休憩の後、あきらは ゆがけ(弓を射る時に右手にはめて親指を保護する為の手袋状の道具)をつけ、家康に教わった事を頭の中で反芻しながら弓を持つ。
(背筋を伸ばして脇は閉めて、と)
あきらは弓を頭上に上げて引き、しっかりと的を見て矢を放った。
シュッ…という音とともに矢は的めがけて飛んで行く。
トスッ!
『あ!当たったー!当たったよ家康ー!』
的の隅ぎりぎりの所に、あきらの放った矢がしがみつくように刺さっている。
あきらは嬉しさのあまり家康に抱きついた。
が、すぐ我に返り目の前に家康の顔がある事に動揺する。
うわっ、嬉しくてつい抱きついちゃった!
慌てて離れると、
『たかが一本当たっただけでしょ。あんた喜び過ぎ。』
憎まれ口を叩く家康の耳が赤い。
『家康さま、少し宜しいでしょうか?』
その時、家康の家臣が声を掛けてきた。
『すぐ行く。俺はもう行くけど、1人でもちゃんと練習する事、いい?あと、…まあまあ筋はいいんじゃない。』
それだけ言うと、家康はさっさと射場を出て行った。
『ありがとう、家康!』
その背中にお礼を言い、あきらは再び矢を握る。
夢中で矢を射るあきらのお腹が、グウ〜ッ…と間抜けな音を出す。
いつの間にか昼になったらしい。
自分の腹時計の正確さには自信がある。