第59章 愛しい☆信玄
どれくらい歩いた頃だろうか。
目の前が開け川らしきものが見えてきた。
『あきら、これが俺の居城、躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)だ。』
信玄が指差す先には、回りをぐるりと水堀で囲まれた美しい場所があった。
これが…お城!?
『ひ、広い!まるでひとつの町みたいですね。』
目を見張りながらあきらが呟く。
『お前いい目をしているな。そうだ、俺はただ高い城ではなく、町そのものが城だと思っている。
人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なりだ。』
信玄様らしくて素敵だな、と思っていると、何処からともなく たくさんの声が聞こえてくる。
『信玄さまー!』
『お帰りなさいませ、信玄さま!』
『ご無事で何よりです!』
城下の人々が信玄の無事を心から喜んでいる。
『ありがとう。お前らも変わりないか?』
町の人たちに慕われているのがよく解る。
城の中へ入ると、信玄の家来達からも口々に労いの言葉を受けた。
『おや、こちらが噂の若君ですな?』
若君?私の事だよね。信玄さま以外には女だってこと伝えてないし。
『あぁ、そうだ。俺の古い友人から預かっている。此度の戦いでも大いに活躍してくれた若き将だ。皆、仲良くしてやってくれ。』
なるほど、そういうことになってるのね。
あきらが家臣達に気付かれないよう、フムフムと小さく頷く。
『あきら之丞と申します。以後お見知りおきを。』
そう言いながら頭を下げる。
『これはこれは噂通り見目麗しい…あ、いや、凛々しいお方ですな。殿が放っておかないのも無理はない。』
家臣達の生暖かい視線は気のせいだろうか…。
あきらが顔をひきつらせていると、耳元で信玄が呟く。
『そう思わせておけばいい。これで気兼ねなく過ごせるというものだ。かえってよかったじゃあないか。』
そう思わせておけばって…。
信玄は悪戯っ子のようにニコニコ笑っている。
仕方なく「解りました。」と小さく答えた。