第54章 愛しい☆信長
『あきら之丞!』
その時、誰かに名前を呼ばれた。振り向くと秀吉が立っている。
秀吉さん?何だろう。
『湯浴みするところだったか?すまない。信長さまからの伝言があってな。
落ち着いたら天守に来いとの事だ。湯浴みが済んだら行ってくれるか?』
『はい。解りました。』
平静を装いあきらが頷く。
秀吉に聞こえてしまうんじゃ無いかと思うくらい、胸の鼓動が激しく鳴っている。
頼んだぞ、と秀吉が笑顔でその場を去ると、改めて湯殿の戸を開け中に入る。
後手に扉を閉めると、ずるりとその場に座り込んだ。
そういえば私、信長さまにキス…されたんだっけ。
どんな顔して会えばいいのっ!?
思い出すだけで火照る頬を押さえながら立ち上がると、着物を脱いだ。
落ち着いたらって言われたけど、あんまりのんびりしてたらなんて言われるか解らないな。
急いで湯浴みを済ませ、着替えもそこそこに天守を目指す。
…前は、信長さまに会いたくなくて亀みたいにトロトロ歩いて天守に向かったっけ。
その時の事を思い出し、あきらがふふっと笑う。
どんな顔して会えばいいのかわからないくせに、今は早足で天守に向かっている。
襖の前で声を掛けた。
『信長さま、あきらです。』
『入れ。』
フーッとひとつ息を吐いて襖を開ける。
いつもと変わらない様子で机に向かい、筆を走らせている信長がいた。
静かに側まで行き、少し離れたあたりに腰を降ろす。
少しして、コトリと筆を置く音が聞こえた。
『湯浴みしていたのか?』
『あ、はい。すみません、遅くなって…。』
慌てて謝る言葉を遮るように信長が告げた。
『まだ髪が濡れているな。こっちへ来い。』
信長の声に操られるように立ち上がり歩み寄る。
ちょこんと信長の目の前に座ると、握ったままだった手拭いを奪われた。
『あ!ここに来るのに夢中で、手拭い持ってること気付いてませんでした。』
あきらが真面目な顔でそう言うと、フッと信長が噴き出した。
そしてあきらの髪を手拭いで優しく拭う。
『信長さま!もう病人じゃありませんから自分で出来ますっ!』
『俺がやりたいからやっているのだ。それに貴様に風邪でも引かれたら困るからな。』