第4章 地獄を見る
「あるじ、あるじ……ッ」
清光の声で我に帰った。震えながら私の必死に握る彼は、まるで何かに怯えるように背を丸めている。
「清光?清光、大丈夫?!」
「あるじ…お、おれ、俺ッ……」
髪が乱れる事も構わずに、縋り付く清光は今にもその場に崩れ落ちそうになっている。顔からは血の気が引き、唇は小刻みに震えている。
どうするべきかも分からないまま、清光の背を撫でる。肩は大きく上下を繰り返しながら息を吐く。私は、今彼に掛けるべき言葉を持っていない。
───何故なら私は、何も知らない。彼のことを何も知らない。
“知らない”事は時に罪になる。無力になる。自分の考えが正しいかなど、私には分からない。でも確かなのは、今自分には行動する他ないということだ。
震える清光の背を撫でながら、私は決意し、口を開く。
「清光。そこの戸、開けさせて」
その言葉に、彼は弾かれたように顔を上げた。私の腕を掴む彼の手に更に力が籠り、軽い痛みが走る。慌てて彼に声をかける。
「大丈夫、大丈夫よ。清光は戸の向こうは見なくていい。あと、何があったとかも話さなくて良いから、ね?」
何かを訴えかける様に瞳を向け、唇は震え、歯もカチカチ鳴っていた。その痛ましい姿に胸が酷く痛む。言い聞かせるように幾度も「大丈夫」と囁くと、次第に落ち着きを取り戻し始め、深呼吸を繰り返す。
「わかった…主がそう言うなら。…ごめん俺、自分で行こうって言って、こんな、俺……」
「そんなことないよ。私こそごめんね。清光は悪くなんかないから…」
戸惑う視線が私を見詰める。宥めるように「大丈夫だから」と言うと、清光は意を決したようにこくりと頷いた。