第5章 汚れちまった悲しみに
『おい之定、どこ行くんだよ…!』
『加州を探してくる』
そう言いながら戸に手を掛けると、慌てて立ち上がった和泉守に遮られる。
『馬鹿よせよ!外で何が起きてるかも分かんねえのに!危ねぇ真似すんなッ!』
驚いて彼を見上げると、眉も目を釣り上げ、怒りを顕にする中で真っ直ぐな瞳が赤らみ、ふるふると震えていた。
『……なんだい情けない顔して。珍しく僕に声を荒らげたと思えばそんな顔。お前は本当に格好がつかないねぇ』
『うっせぇ……』
またもや べそをかきそうになる和泉守の肩に手をおく。
『心配いらないさ。文系とは言え僕も之定、自分の身くらい自分で守るさ。寧ろ僕を襲った相手の心配をしておやり』
冗談交じりにそう言うと、和泉守はスンっと鼻をすすると眉根を寄せる。
『……んなやつ首でも何でも刎ねられちまえ』
『ハハハッ、そうかいそうかい。それもそうだ』
その言葉に嬉しそうに笑う僕に、和泉守は『そこ笑うとこかぁ…?』と釈然としない様子でぶすくれる。普段の自信たっぷりに“俺が俺が”と豪語する様子とは違う、妙に子どもっぽい仕草に思わずクスリと笑ってしまう。
『それじゃあ僕は行ってくる。ここは任せたよ』
『……おう。無茶はすんなよ』
『分かっているさ』
念押しするお節介の声を背に戸を閉める。
──────
いざ部屋を出て歩き始めると、言い知れぬ違和感が後をつけて来る。
慣れ親しんだ筈のこの場所を、この本丸をこんなにも不気味に感じるのは何故だろう。
──この廊下。
鯰尾と浦島、短刀達が楽しげに巫山戯ながら走っていた場所。
──この部屋。
お小夜と共に干し柿を作った場所。
──この縁側。
山姥切が僕の詠む和歌を聞いてくれた場所。
一つ一つ、全て歌にして残した程愛しい日々を、何故こんなにも遠く感じる。