第3章 この本丸には嘗て鬼が居た
「信じてるから」
その言葉が耳を掠めた瞬間、私は耳を疑った。清光の両の目は真っ直ぐと安定君を見据えて離さない。対する安定君は青い顔に汗を滲ませて彼を只々 暗い瞳を向けるばかりだ。
「俺は信じてる。この人が俺にしてくれた優しさで、ここにいるみんなを救ってくれるって。 分かるんだよ。この人の言葉には血肉が通ってる。空っぽなんかじゃない、確かな言葉で伝えてくれる。だから、俺はこの人の力になる。
──────主を、信じてるから」
その言葉が、安定君だけに向けられたものではないことを 私は分かった。他でもない自分自身にも言い聞かせているのだと。
人間を信じれないと語った清光が、『私を信じる』と言った。それも長年の彼の相棒に向かって。本丸で自身の立場が危うくなる事も覚悟の上でだろう。
信頼するに至らない、今日会ったばかりの私を守るべく 清光はここまで言ってくれた。
私は、清光の払った代償と犠牲を背負い、そしてそれ以上の働きを成さなければならない。彼の恩を裏切ってはならない。そう思える程に嬉しい言葉だった。
「何それ、本当ありえない。お前どうかしてるよ」
「どうかしてるのはお前だよ安定。怒りで何もかも見失ってる。いい加減前に進むことを考えろよ」
立ち止まってしまった安定君。
過去を振り切り前へと進もうとする清光。
開いた距離は いつの間にか隔たりすらも産んでしまい、二人はこんなにも離れてしまっていた。
安定君は黙って立ち上がり踵を返す。
「や、安定君、」
「話しかけるなッ!!」
何か言葉をかけようにも激しく突っぱねられ、取り付く島もない。
不意に、その首が緩やかにこちらを向いた。
「がっかりだよ。この裏切り者────」
安定君は廊下の奥へと消えて行く。冷え切った言葉だけを置いて。
私はどうすることも出来ず、上手く働かない自分の頭に苛立ちを募らせた。只 頭の中には、清光に対する罪悪感だけがあった。