第3章 この本丸には嘗て鬼が居た
荒く息を吐く声がし目を向けると、意識を取り戻した安定君が起き上がろうとしている。そしてゆっくりとこちらへと振り向いた。反射的に身構えるが、先程のような強い殺意は無いようで少し肩の力を抜く。
しかし、垂れた髪の隙間から覗く瞳は深い深い闇の渦の様で、畏怖に似た感情が現れ 肌がゾクリと粟立つ。
「ある、じ…?お前、そいつを主なんて呼ぶの?清光は、そいつに従うっていうの……?」
「従わないよ。俺は、主のそばに居て、主を支える。ただ それだけだ」
安定君の黒く澱んだ眼球が丸く見開かれる。対する清光は毅然とした態度を崩さず静かに答えた。安定君の愕然とした表情が不自然な笑みを浮かべ、わなわなと震える唇を無理矢理に動かす。
「なに、言ってるの…?あの時 清光言ったよね?“人間なんて信じられない” “人間なんかもうどうでもいい”って、言ったよね……?そう言ったじゃん…なんで、」
「違う、違うよ安定。この人を前の奴なんかと一緒にしないで。この人は、主は…」
眉根を寄せ、何かを堪えるような表情が清光の顔に浮かんだ。
「バカだしアホだしギャーギャーうるさいし、人使い荒いしおせっかいしてくるよ。
でも、全部人任せにしたりしなくて、嫌な仕事もやったり、憎まれ口叩きながらも 本当は俺のこと思って気遣ってくれてたり…凄く凄く、優しい人なんだよ」
清光の言葉に安定君は一瞬唖然としたかと思うと、口元を歪ませ吹き出した。
「やっぱり、やっぱりどうかしてる…! ねぇ清光、アイツだってそうだったよね?覚えてるよね?最初は優しくしてきて信頼関係を築かせて、僕らを言いなりにさせた! 僕らを利用する為の優しさだった!!忘れたわけじゃないでしょ?!何でソイツを信用するの?!」