第1章 一歩
ボロボロの爪を見詰める加州君の目は澄んでいて、同時に憂いを帯びている。
「でもボロボロでも落とせないの。前のある、…・いや、前の審神者が『よく似合ってる』って褒めてきたから。バカみたいでしょ?未練がましく全然可愛くないのに爪紅残して」
投げやりにも聞こえるその言葉には、諦めに似たものが滲んでいる。
本丸で一番の古株であるが故に、加州君は人一倍強い責任感を持っていることが会話の節々に感じられた。
今までたった一人でこの本丸と仲間達を守っていたのだ。どれだけ心細かったろう。心身共に衰弱していく仲間を只見守るしか出来ない苦しみはどれ程のものだったろう。
─────どんなに、辛くて仕方無かったろう。
目頭に滲んだ涙が零れそうになり、それを慌てて着物の袖で拭った。泣いてはいけない。今私に泣く権利など無い。私がやるべき事は刀剣男士を支えることだ。
ふと、袖の下に入れていたある物を思い出した。それを手に取ると、明るい顔と調子を取り繕う。
「ねえ、加州君。ちょっとこっち向いて」
「えっえ、何??」
「いーからいーから。ホラ、目ぇ瞑って」
不審そうに眉根を寄せて目を瞑る加州君の表情は、注射を嫌がる子どものようで少し頬が緩んだ。
「そうそうそのまま…オッケッ!ちょっと口を、そ。 そ、うん。……よし!はい目開けて。鏡を見て」
「……あっ…」
ゆっくりと目を開き、加州君は手鏡に映る自分と対峙する。すると一瞬で瞳が輝いた。
「口紅だ…」
加州君は鏡を食い入る様に見詰め、自身の口元に触れる。私が彼に施したのは口紅だった。
思った通りよく似合っていた。血のような赤色が唇に宿るだけでこんなにも惹き付けられるとは、加州君の美貌の魔力は恐ろしいものだ。
「どう?気に入らなかったかな?」
「ううん…その、凄く綺麗で、嬉しい…」
「そっか良かった。いや〜絶対似合うと思ったんだよね〜。加州君、凄く赤が似合うもの。加州君の美しさがよく引き立ってる」
そう言うと加州君は頬を染め、照れたのか僅かに目を逸らした。かんわいいなコノヤロウ。