第1章 一歩
「! 立花様…!!」
「そこまで頼まれたら断れないよ。私も鬼じゃないし、もうやるっきゃないじゃん」
膝を叩いて立ち上がり、本丸へと歩き出す。
胸の不安は晴れる事などない。緊張で胃がヒーヒーと悲鳴を上げているが、立ち止まっている暇は無いのだ。
* * *
本丸の玄関に着き、完全に閉じられた戸口に手を掛け、恐る恐る引き開ける。そうして出来た戸の隙間から誰かが居るのが見えた。
上がり框に腰をかけ、膝に頬杖を突き退屈そうに足の指をパカパカと開閉している。髪が少し長い様に見えるが恐らく男性だろう。まさか人が居ると思っていなかった為拍子抜けしたが、ゆっくりと更に戸を開けていった。
「お、お邪魔しま〜〜す…」
「!」
相手は私に気付き、弾かれたように顔を上げた。そうして相手の顔の全貌が分かった時、私は思わず息を呑んだ。
中央分けの前髪から見える皺一つ無い美しい額。何処か強気な印象の紅い瞳が強く惹き付けた。桃色の艶やかな唇の傍らにあるほくろが、対照的な婀娜な儚さを体現していた。中性的で華やか、且つ妖艶な美貌がその顔に宿っている。
───現世と浮世の狭間に佇んでいるかの様な、美しい青年がそこに居たのだ。
「アンタが…新しい主?」
「えっ、あっはい!」
話しかけられ、無意識に見蕩れていた意識が引き戻される。その容姿から発せられる声も魅力的なものだった。上擦った声で答えると、彼は少し目を細める。
「そう……俺、加州清光。扱い辛いけど、良い刀だよ」
「えっ?刀…ってことは、あなたは、刀剣男士?」
「そうだよ。 まぁ、よろしくね」
刀剣男士。人の形を借りた存在である付喪神。基本的な知識は得ていたが、まさかこんな美少年がいるとは想像をしていなかった。