第1章 一歩
「でさ、この本丸一体何があったの?何でこんな事に…」
その場にしゃがみ込み、こんのすけの目線に合わせてそう尋ねる。すると今まで気丈だったこんのすけの表情が明確に曇った。これは只事ではない事は容易に想像出来た。
「…立花様は、“ブラック本丸”という言葉はご存知ですか?」
「え?あぁまあ、詳しいことは聞いたことないけど…」
訓練生時代に同期の中で噂になったことのある話だった。誰が言ったか、不当な扱いが起きている本丸を”ブラック企業”に準えて、いつの間にか“ブラック本丸”と呼ばれ始めた。
一口にブラック本丸といっても『刀剣男士達への身体的・精神的暴力』『刀剣男士達を顧みない過酷な労働』『中傷・重症を放置の進軍』『たった一振りの刀を手に入れる為に古参・新参関係無く刀解』等、内容は様々だったのだが、どれにも共通している点は───“刀剣男士達が酷な扱いを受けている”という事だ。
先輩審神者の中にそんな人がいるのかと耳を疑う話だった為軽く流していたのだが、今こんのすけがこの単語を口にしたということは、
「この本丸、まさか、」
こんのすけは静かに口を開いた。
「ここはかつて───“ブラック本丸”だったのです」
──────ザァァァアアアア
大きな風が一吹きし、私の髪を攫っていく。その冷たい嫌な風は、容赦無く肌へと突き刺さった。心臓がバクバクと煩わしい程に音を立てる。
嘘だ。
そう言いたいのを無理矢理飲み下した。こんのすけの表情は真剣その物だった。そもそも彼が嘘をつく理由が無い。それでも私はその事実を受け入れられないでいた。
何故なのか。
そんな事が現実に起きている事を認めたくなかったからか。これから生活する本丸がそうであった事を認めたくなかったからか。私自身その理由は分からなかった。色んな思いが生まれては消えていく。