第3章 痛みと引き換えに
トーカさんに付いていった先は、あんていくのキッチン。
「まず働いたことある…わけないか」
「ないです」
もちろんない。
世の喰種は大きく分けて二種類に分かれる。
人になりすまし、学校に行ったり仕事をしたりと社会に溶け混む者と、
人目を避けて、野良猫の様に転々としながらひっそり暮らす者。
この場合、僕と兄さんは完全に後者に当たり、
柚葉やここの人々は前者だろう。
だからヒトはおろか喰種ともあまり接せず生きてきた。
…柚葉が心配していた理由がわかった気がした。
「…ま、そんなだろうと思った。まず器具の名前は分かる?」
「はい。これがカップ、ソーサー、スプーンですよね」
「お、分かるじゃん。…あ。もしかして柚葉の話してたリオってお前?」
「はいっ」
言い当てられて、嬉しくなる。
ということは、柚葉はここの人と全員面識がありそうだ。
「ふーん。じゃ食器磨きしてみて」
トーカさんがカップを指差して、タオルを渡す。
磨く。拭くのかな?
いや、意味合いは違うのかな…同じっぽいよな。
食器はこれらだよね。
みが…みがく…?
ふく…
「は、はい…?えっと、これで拭くんですか」
「あーだから、コーヒーカップとソーサーを
これで綺麗に磨いておくの!割らないようにこうして…」
あまり違わないらしい。
僕の論点は違ったが、ひとつひとつ丁寧に実演し、見せてくれた。
「(トーカさんは、怖いけど本当は優しいんだ)」
「…はい。覚えた?」
「はい、磨くと拭くは同じです」
「…?」
「いやぁいいねトーカちゃん。お姉さんみたいだね」
「感慨深いわ」
「あんな効率ワリィ教え方で全部覚え切れるわけないだろ」
「うるせぇなクソニシキ!じゃお前がやれ!」
「めんどいからパス。精々頑張って下さいねー、セ・ン・パ・イ」
「あの…喧嘩は…僕もがんばりますから…」
トーカさんとニシキさん達の喧嘩を
古間さんと入見さんが微笑みながら傍観する、
これは日常らしい。
こんな光景は今まで知らなかった。
兄さんや柚葉とは全然喧嘩なんてしなかった。
こういう雰囲気はあまり慣れない。
誰か止めないのかな…