第2章 脱獄者
「…ん、芳村さん、下からいい香りが…お店、営業中だったんですね」
柚葉がすんすんと鼻を動かす。
そういえば、さっきからほのかに匂いがしていた。
この香りは____。
「ああ。今、柚葉ちゃん達にも持ってきてあげるよ。
…四方くんもいるかい」
「…俺は大丈夫です」
ぼそりと呟くように芳村さんに返事をして、
ヨモさんは芳村さんと下へ降りていった。
部屋には、僕と柚葉だけを残して。
黙っていても仕方ないから、
「柚葉は、これからどうするの?」
軽く問いかけたつもりだったんだけど。
驚いたみたいにはっとした顔をして、
柚葉は頭を抱えてうずくまってしまった。
「…こ、」
「…こ?」
「怖くて店帰れない」
「………………」
どうにかしてあげたいが、
生憎僕には何も出来そうにない。
「前迷って野宿一回しただけであのイトリさんが変貌したの」
頭を抱えたまま、柚葉は恐る恐る語り出してしまった。
せめて黙って聞いてあげよう。
「もう心配とかの優しい怒りじゃなくてもう、もうガチ。鬼に金棒、イトリさんにワインの瓶。もう帰れない。や、本当にトラウマの記憶が疼いて治まらないんだよリオだってなにが辛いって制裁も迫力満点満点すぎて辛いそれのあとの刑執行いくら喰種とは言えどもあれはもう暴挙真面目に痛々しいし痛いしそんなにかってくらい苦痛。言わない、決して言わない。なんかよくわからないけど話しちゃいけない気がするよリオ。もう女子にすることとは思いがたい程に______」
柚葉も苦労人だ。
そうぼんやり感じていたとき、
柚葉の制裁の記憶とやらが、ふつりと止まる。
同時にドアが開き、芳醇な薫りと共に芳村さんが入ってきたのだ。
僕にとってその匂いは、
大切な記憶の一部分を呼び起こした。