第28章 沖縄旅行は海の香り
必要なことを、この人はほとんど揃えてるんだ。
腕と、心……。
「さっき、寺坂たちに言おうとしてたこと…分かるよ」
「!!」
……親しい人の事を殺す気持ちを考えてるのか、聞きたかったんだよね?
「……そうね、あんたは先のことを知ってるんだったわね。きっと遅かれ早かれ…この事を言う日が来るのね…」
間違ってないよ、イリーナ先生は。
今止めたのは私の私情だ。マンガではイリーナ先生は何も言わない場面だった…ただそれだけの理由。
「……いいわ、ここで言わなかったのも何かの縁でしょ。行きましょ」
イリーナ先生はタイトなドレスを翻して浜辺を歩いていった。
……私はずるいね。この先のことを知ってるくせに当の本人達には何も言えない。中途半端に手を出して、私がいないはずの『3年E組』を引っ掻き回す。
……でもこの生活もあと少しなんだ。
11月には帰れる。その数週間前にはシロの所に行かなければならない。実質あと2ヶ月位だ。
……この暗殺は…頑張りたい。
きっと、私にとって最後の暗殺になるはずなんだから。
「京香、いーくよ!」
莉桜にポンと肩を叩かれたので、私は笑顔を返した。
波の音がザブ、と耳に届く。
「夕飯はこの貸し切り船上レストランで、夜の海を堪能しながらゆっくり食べましょう」
海の音がとどいたのは、私達が波の上で揺れているからだ。
「…な、なるほどねぇ…まずはたっぷりと船に酔わせて戦力を削ごうというわけですか」
さっきよりもより真っ黒になった殺せんせーが困り顔(よく見えないけど)で言った。
「当然です。これも暗殺の基本のひとつですから」
磯貝君が少し自慢げに笑うと、
「実に正しい」
真っ黒殺せんせーはそう言った。
「ですが、そう上手く行くでしょうか」
殺せんせーはス、とワインを掲げる。
「暗殺を前に気合の乗った先生にとって、船酔いなど恐れるに」
「黒いわ!!」
……やっぱり黒すぎる……。
「そんなに黒いですか?」
「表情どころか前も後ろもわかんないわ」
「ややこしいからなんとかしてよ」
うん、いつもの豆みたいな目も白い歯も全く見えない。
「ヌルフフ、お忘れですか皆さん。先生には脱皮がある事を。黒い皮を脱ぎ捨てれば」
麦わら帽子を小さく上げると、頭の真ん中からピピッと亀裂が入った。