第27章 夏の一時
「……ああ、運転手さん…ここでいいです。ありがとうございました」
家の近くでタクシーを止めてもらい、財布からお金を出そうとするとイリーナ先生に手をそっと押さえられた。
「…私が出すわよ。あんたいつも気にしてるでしょ…」
防衛省からのお金のコト、と小声でいうイリーナ先生。
「……いいの?」
「千円ちょっとで中学生が遠慮してんじゃないわよ、大人よ大人」
じゃあお言葉に甘えて、と言葉を紡ぎ、私はタクシーを降りる。イリーナ先生も続いて降りてきた。
「……何、ここ」
イリーナ先生は目を少し見開いた。
「……私の、家……だった場所、かな」
そこには大きな公園が広がっていた。
とても大きい公園だ。多分、私の中学校もこの面積に飲み込まれている……。
「マップがあるわ。全長4キロ……」
「うん、私の中学に来てた子…ほとんど4キロ圏内だよ。だから…」
やっぱり、この世界は私の世界ではないんだな。
菜津も、仁くんも……学校の先生も、部活の友達も後輩も…。
少し遠くなる意識。公園で騒ぐ子どもたちの声が耳にふんわりと響く。
「……行こう、イリーナ先生。次!」
「…え、もう!?」
イリーナ先生は私の言葉にかなり驚いた様子で返答した。
「だってここにはないんだもん、次は私の志望校ね! こっから10キロ位あるよ!」
「は、はあ!?」
「幼稚園はこの4キロ圏内に入っちゃってるから多分ないな…また駅戻るよ!」
「え、えええええ!?」
私はふりかえらずに歩き出した。……うん、振り返らないよ。
だって私の家はここじゃないから!
電車に乗り、駅で5駅。そこから自転車で15分。
「き、京香……ホントにここまで来る気だったの…」
イリーナ先生が小さく息を切らす。
「うん、偏差値ちょうどいいし…もっと近い高校もいっぱいあったんだけどね、まあマラソンきつくて。パンフ読んだ時点でスパッと切ったね」
「ま、マラソンで切ったの…? あんた今それよりキツイ事してるでしょ」
「あはは、確かにそうだわ」
イリーナ先生にそう言いながら私は文化祭に来た道を再度辿る。
「……でも…無きゃ、意味無いし…」
私は文化祭の時何度も見上げた時計塔辺りを見た。
「……そう、ね」
イリーナ先生もつられてその方を見る。