第27章 夏の一時
電車で40分。
途中で乗り換えをしてまた30分。
何も無い街が私が生まれ育った所だ。
「何よ京香。なんにもないじゃなぁい」
そういえばイリーナ先生には何も言ってなかったっけ……。
「…私が、生まれて育った街なの」
ポツリと言ってイリーナ先生を見るとぽかんと目を見開いていた。
「…よかった、私が違う世界に来ても…無くなってなくて」
「あ、あんた…そんな重要なこと先に言ってよね! なんにもないって言っちゃったじゃない!」
「まあ確かに何にもないし……」
だって本当に何も無いのだ。駅下にはチェーン店が8つ程並び、東口と西口もほとんどがチェーン店。ロータリーも小さいとも大きいとも言えない。特産品なんか無いし、田舎なんだか都会なんだかも微妙。
でも、ここが私の街だ。
「今日はね、ここの街に何があるか見てみたかったの。私の通ってた学校が無いことは分かってるんだけど…周りの景色を見たくて」
「……ふぅん、分かったわよ。いきましょ」
「え?」
「ここから家まで何分?」
「あ、あれば歩いて30分位……」
「遠!! タクシー呼ぶわよ!!」
イリーナ先生は即断でタクシー乗り場までいった。
カツ、とヒールを鳴らし後部座席に座ると、私の方をちらりと見た。
「……家の場所」
「あ、うん! えーととりあえずここの通りを…」
運転手さんに伝え、タクシーはエンジンを入れた。
「何でそんな駅から遠い所なの」
「う、うーん…お金が無かったのか…でも自転車だったら15分位で着くし、私は結構好きなんだ。おばあちゃんの家も近いし、駅までの道、途中でちっちゃいけど神社もあるよ。だから…」
「…そう。故郷の思い出は…いいものね」
イリーナ先生がそう言って窓から遠くを見つめるように首を傾げた。
……そっか。イリーナ先生は…お父さんとお母さんを亡くしてるんだっけ。それで暗殺業に…。
運転手さんがこちらを気にするようにチラチラ視線を送るのがわかる。
そりゃそうだろう。滑らかに日本語を喋る美女と、ちんちくりんの中学生が、なぜか故郷について熱く語ってるんだから。それでも聞かないのはどう聞いていいか分からないからなのかな……。
私は観念して窓を流れる懐かしい景色をただ眺めていた。