第9章 「母さん」と呼ばない
俊side
それから母さんは前よりも家に帰ってくるようになった。
けど、やっぱり忙しいんだろうな……
いつもきつそうな顔をしている。
そんな母さんに兄ちゃんは見向きもしない。
「母さん」と呼ばなくなった。
「千代」という下の名前で呼ぶようになった。
2人の空気が悪くてこっちまで気分が悪くなる。
今日も母さんは帰ってきている。
兄ちゃんも部活が出来なくなったため早く帰ってきている。
母さんは台所でご飯を作っている。
暗い空気に耐えられなくなって手伝うことにした。
「母さん、手伝うよ!」
「!手を出さないで!」
「っ!」
持っていた包丁が手に当たる。
徐々に痛みが出てくる。
あ……やっぱり……
切れてる。
掌からは血が流れ出る。
「うっ……ごめん……」
「っ!何やってんだよ!」
兄ちゃんが駆け寄ってくる。
「ひでぇ傷……最低だな。俊、手当てしてやる。来い。」
「っ!ごめんなさい!」
「謝るのは俺じゃないんじゃないですか?千代さん?」
母さんは絶望の顔だ。
「ご、ごめんなさい……」
「……俊、もう『母さん』じゃない……こんな事する人は……」
やだ……もうやだ……
僕は兄ちゃんから離れて2階に駆け上がっていた。
何やってんだろ……
手からは血が止まらずまだ流れ出ていた。
痛むけど、心臓の方が痛む。
苦しい……
手当てしないとだけど、下に行けばもっと苦しくなる……
顔、見たくないな……
流れる血を止めるようにして左手で強く握り締めた。