第12章 穏やかな日々
その彼によく似た感情を映すマルコの瞳。
“勘違いしてはいけない”
マルコのその瞳は似て非なるもの。兄としての甘さであって、自分がマルコに寄せる“気持ち”とは違うのだと。
家族と再会し、マルコと再び会えた。それ以上望んではいけないと自分に言い聞かせる。
皮肉にも“彼”との出会いが、自分自身ですら気がついていなかったマルコへの想いを自覚させたのだ。
“気づかれてもいけない”
優しいマルコのことだ。こちらの気持ちに気づけば殊更(コトサラ)気を遣い、沙羅を傷つけないようにと悩むことだろう。だから・・・と、沙羅は自分にそう言い聞かせると
『ねぇ、お昼、酸辣湯麺でもいい?』
といつも通りに声をかけた。
対するマルコは一瞬の間が合ったようにも感じたが、軽く頷くと先程見かけたという中華料理店に沙羅を案内した。
店に入り、お目当ての料理を注文する。
店員の去り際に、マルコが思い立ったように店員に何かを囁き、入り口の方を指し示した。
店員は二つ返事で応じるとすぐにレジの近くに向かい、また戻ってきた。
その手には、膝掛けサイズのブランケット。
疑問符を浮かべる沙羅に『どうぞ』と差し出すと去っていく。
驚いた沙羅はマルコを見た。
寒いとは一言も言っていないはず。
「冷えたんだろ、顔色悪かったよい」
そんな沙羅の心を読んだかのようなマルコの言葉に、はっとした。
“先程の間”はそういうことだったのかと、気がついた。
実際には別のことで悩んでいたのだが、それでも寒さを感じていたのは事実だ。
「おめぇ寒いの苦手だろう」
微かな変化を察し思い遣ってくれただけでなく、6年も前のことだというに覚えていてくれたという事実に顔が綻ばずにはいられない。
「ありがとう、マルコ」
“好き、マルコ・・・”
伝えてはいけない思いをひた隠し、ブランケットを膝にかけながら、本当に嬉しそうに笑った沙羅。
そんな沙羅をマルコは愛おしそうに見つめていた。
“沙羅、何を悩んでるんだよい”
そんな疑問を内に秘めて。
お互いに思い合っているとは気づかずに、すれ違う切なくも甘い恋は、まだ続く。