第12章 穏やかな日々
『お前さん、ニューゲートやマルコ達が女一人守れないと吹聴して回る気かい?!』
今にも耳元に聞こえてきそうな凛とした声。
どうやら、自分達は沙羅とって命を預けられる相手になれたらしい。
『絶対、守れよ!』
『よい』
サッチとマルコは視線を交わした。
街に出た二人は何時ものように情報収集を終え、何の気なしに歩いていた。
もうすぐ昼時だ。
何を食べようか。パスタ?ピザ?でも肌寒いから、酸辣湯麺もいいかもしれない。
考えるとわくわくし出した沙羅は回りも忘れて没頭した。
そんな思案顔な沙羅を、マルコは優しく見守りながら、さり気なく往来する人々とぶつからないように導く。
きっと昼飯でも悩んでいるに違いない。
少女の時の一番の関心事は三度の食事だったことを思い出し、マルコは密かに笑った。
対する沙羅は、マルコの思いに気づくことなく思う存分悩み抜き、やっぱり少し寒い!と酸辣湯麺に決定した。
『マルコ、お昼何だけど』と声をかけようと長身のマルコを見上げ、そこで動きを止めた。
『決まったかよい?』言わんばかりに沙羅を見返す瞳。
その瞳にいつもの優しさと、微かな甘さを感じてしまった沙羅は戸惑わずにはいられなかった。
“その”瞳を向けられるのは“二人目”で、それがどういう意味を持つか気づかないほど沙羅は子供ではなかった。
数年前。
素性の知れぬ自分を何も聞かずに船に乗せてくれた、優しくて面白くて仲間思いの“彼”。その彼と、彼を“お頭”と慕う楽しい仲間達との数ヶ月は今でも沙羅の中に残っていた。
彼の思いに応えて、いっそこの身を預けてしまおうかと思った事もあった。
彼の思いに応え、その身を預けた夜。
瞼に、頬に、そして唇に彼の感触を感じた。
ベッドに横たわり、彼の手が布越しに胸の膨らみを撫で・・・。
そこで気がついた。
“違う”と。
『身も心も預けられる相手にあったら』とお琴の言葉が響き、歳三とお琴の寄り添う姿が浮かんだ。
『沙羅』といつも傍に居てくれたマルコの顔が浮かんだ。
気がつけば無意識に涙が頬を伝っていた。
優しい“彼”は『沙羅の気持ちが俺を向くまで待つ』と手を止め、抱き締めてくれた。
だが、居たたまれなくなった沙羅は、別れも告げずに嵐の夜に船を去った。