第12章 穏やかな日々
その数日後、モビーディック号は大きな島についた。
舩番以外の者は我先にと船を下りていく。
沙羅もそれに続こうとして、呼び止められた。
「沙羅」
「マルコ?」
「一人で行くな」
実は前回立ち寄った島で沙羅は小さな騒動を起こしていた。
ユエの体を探し続けている沙羅は、いつも通りに酒場や情報屋などを回ったのだが、その中の一軒で絡まれた。
よくよく考えれば今までは、大抵、姿を隠しマントを被っていたからこそ絡まれなかったのだが。
ともあれ、“その時”は自分が女性らしい服装をしていることも忘れて、軽くあしらった。
そこまではよかったのだ。
大した情報はなかったと、肩を落としモビーディックへ向かう途中で、囲まれてしまった沙羅。
逆恨みも甚だしい、と思いつつ、自分をこれからどうするつもりか語る男達に苛立った。
何故、この手の男達は女を“そういった”対象でしか見られないのか。
母ユエを陵辱した男達と、目の前の男達が重なった。完全なる八つ当たり、頭では理解していたが胸の内がすうっと冷えていくのが自分でもわかった。
あっという間に男達全員を地面に叩きのめした。
だが、それだけでは気が収まらず、命乞いをする男に剣を振りかざした。
殺すつもりだった。
目の前の男が、ユエを陵辱し、その死を辱めた男に見えた。
瞬間、蒼い炎と硬い何かに当たった剣。
それが武装色の覇気を纏ったマルコの腕だと気づいた沙羅は、ショックのあまりその場で気を失った。
それを思い出した沙羅は『ごめんなさい』と小さく謝った。
目が覚めてから、何度も謝る沙羅にマルコが次に謝ったら、キスすると宣言して以来、その件には触れない事になっていたのだ。
マルコはニヤリと笑った。
「今、謝ったよい」
耳元に唇を寄せた。
はっと避けようとする沙羅の横顔に手を添えて、その頬に軽く口づけた。
「マ、マルコ!」
動揺する沙羅など、しれっと無視してその手を取り、陸地へ降ろされた階段を下りていく。
「あ・・・待って、マルコ」
付き合ってくれるのだと気がついた沙羅は、腰に差していた剣を抜き、舩番のサッチに預けた。
沙羅は忘れていなかった、お琴との約束を。
それに気がついたマルコは少し照れ臭そうに、サッチは嬉しそうに笑った。