第11章 逃がさねぇよい
その頃、宿を引き払い荷物を持った沙羅はゆっくり町中を歩いていた。
同じ町並みのはずなのに、今日はなんて鮮やかに見えるのだろうか。
うきうきとした気分で歩いていると、正面から沙羅の倍はあろうかという長身の男が歩いてきた。
恐らく、後ろから必死な様子で話しかけている男をあしらうのに忙しいのと、背が高すぎて沙羅が視界に入らなかったのだろう。
すれ違いざまに、微かに体がぶつかった。
「悪りぃ」
微かな接触だからだろう、そのまま去っていく男。
沙羅もそのまま足を踏み出そうとし、その足元にアイスマスクが落ちている事に気がついた。
咄嗟に振り返り、今まさに角を曲がるその長身の男を確認すると走り出した。
「あの!」
初めは気づかれなかった沙羅はもう一度声をかけた。
「すみません!あの!」
そこでようやく男の足が止まり沙羅を振り返った。
「あの、これ落としませんでしたか?」
「・・・」
男の目が一瞬見開かれた。
そして暫しの沈黙。
「・・・あの?」
反応に困った沙羅はもう一度声をかけた。
すると男は、はっと我に返ったように口を開いた。
「あ~、あれだ、あれ、・・・俺のだ」
変わった返事に疑問を感じつつ、ほっとした沙羅はアイスマスクを差し出した。
「よかったぁ」
笑顔を浮かべた沙羅に、男の目がまた見開かれた。
男の大きな手が、
アイスマスクと、
沙羅の手を、
掴んだ。
「「・・・」」
自分を見下ろす男の目に敵意はない。
だが、掴まれたままの手の反応に困った沙羅は、遠慮がちに言った。
「あの・・・手を・・・」
「あらら、悪いな、あれだ、あれ・・・」
「はい?」
「あ~・・・まぁ、いっか」
「はぁ?」
わけがわからない沙羅に男は言った。
「俺はクザン、お嬢さん名前は?」
「沙羅と申します」
「沙羅ちゃんか、よかったらお茶でも・・・」
「クザンさん!!お願いですから、早くして下さい!!」
クザンと名乗った男の言葉を遮り、泣きそうな顔の男に沙羅は目を瞬かせた。
「お急ぎのようですが・・・?」
するとクザンは溜息をつき『わかったわかった』と返事をすると沙羅に言った。
「悪いな、礼はまた今度」