第9章 会いたい
モビーディック号に遭遇したのは偶然だった。
母、ユエの右目を奪い返した沙羅はその瞳を海に還した。
これでやっと父、ロイを“両目で”見つめることができるね、と母に祈った。
残すは、左足と心臓だ。
“待っていてね、母さま”
そう思いながら目線を上げた時、白い大きな鯨が沙羅の目を捉えた。
“モビーディック号”
父が作り、
大好きな白ひげが、マルコが、皆が乗っている船。
『沙羅』
と、優しいマルコの声が聞こえた気がした。
いけない、と思いつつも少しだけ、ほんの少しだけ皆の姿を見るだけならと思い、モビーディックに近づいた。
そこで目に入ったのは“会いたい”とずっとずっと思っていたマルコの姿だった。
記憶の中よりも、逞しさを増したマルコは遠目にも大人の男らしさを感じさせ、沙羅の胸をドキリとさせた。
両親をなくし、ただただ復讐のために生きている沙羅の心の支えになったのは、モビーディックでの日々。
そしてマルコの存在だった。
『沙羅』と穏やかに呼ぶ声。
いつも優しく見守ってくれていた、少し眠たげな目。
そして
『おめぇは一人じゃねぇ』と言ってくれたあの日。
その言葉が、存在が、そしてマルコへの“思い”が沙羅を修羅に落ちる寸前で、食い止めていた。
もしマルコの存在がなければ、深すぎる憎悪と怨嗟、そして孤独に耐えかねて世界中の海に巨大な津波をおこし世界を滅ぼしていたかもしれない。
そうではなくても、復讐に邪魔な者は全て殺してしまったかもしれない。
そのぎりぎりの狭間で沙羅は両親を殺した仇を、ユエの失われた体を追い続けていた。
そんなマルコが、今、自分の近くにいる。
もっと近くに行きたい。
もっと近くで、姿を見たい。
記憶の声ではなく、この耳で、声が聞きたい。
だがもし、自分がモビーディックに、白ひげ海賊団に戻れば今度は彼らに刃が向くだろう。
ましてや、自分の仇の中には、海軍が関わっている。
巻き込むわけにはいかない。
それに・・・この血に染まった自分を、海神族の自分をマルコに拒絶されたら・・・そう考えたら怖くて近くにいくことはできなかった。
おじ様・・・
サッチ、皆・・・
マルコ・・・
会いたい・・・・・・
沙羅の瞳から一筋の涙が流れた。