第9章 会いたい
クルー達が騒いだのには、理由があった。
以前、島で不注意から海軍と諍いを起こしてしまったクルー。それを収めてくれたのがマルコだった。
その感謝の印にと、わざわざ四番隊隊長のサッチから、マルコの好みを聞いて用意した女だった。
以前からマルコが女を買っても、一夜を共にしないのは有名だ。
だからこそ、寛いで欲しくて“黒髪”の美しい女を用意したというのに、これではいつもと、変わらないではないかとクルー達は残念に思った。
それを、聞いたイゾウは呆れたように溜息をついた。
“黒髪ってだけで、寛げねぇだろ”
マルコの心の中に、特別な女がいることをイゾウは気がついていた。
それが黒髪の女だということは始めて知ったが、見た目だけの女に心を開くような長男ではない。
人一倍警戒心が強く、家族思いの長男は責任感も強い。
イゾウの知る限り、任務以外でモビーディックを一晩空けたことなど皆無だ。
そんな長男の心を捉えたまま、行方不明になったという女。
“一体どんな女なのだろうか?”
イゾウが、仲間となってから約6年。
ちょうど沙羅と入れ違いに仲間になったイゾウは、ふと思った。
基本、来る者拒まず去る者追わずのイゾウは人のプライベートには立ち入らない。
ましてや、二十歳を超えた男なら触れられたくない過去の一つや二つあるだろう。
だから今まで“その話題”に触れたことはないし、触れようと思ったこともなかった。
この疑問も、実際に本人にぶつける気はない。
そんなことを考えながら下駄を鳴らしながら、甲板後方に戻った。
美しい十三夜の月を眺めながら静かに酒を飲む。
舩番とはいえ、謹厳実直に務める者などいない。
各々が好きな事をしながら時間を潰す。
要はいざというときに、使えれば問題ない。
“?”
イゾウの切れ長の目が細められた。
海の上に何かがいる。
盃の酒を口の中に放るように飲み干したイゾウはゆるりと立ち上がった。
「・・・」
モビーディックから少し離れた海の上に、女が一人佇んでいた。
月の光を浴びて、黒髪が美しく煌めく。
風が吹くたびに、淡い色の服の裾が揺らめき、透き通るように白い肌を月光に晒す。
こちらには気づいていないのだろう。
神秘的な雰囲気を漂わせ、ただただ切なげにモビーディック前方を見つめる女に、イゾウは目を奪われた。