第7章 それからの一年
和装屋を後にし、やってきたのは宣言通り、香水からお香まで、およそ香りとつくものなら何でも扱う香屋だった。
『自分の香りを持つのも女のたしなみの一つだよ』
と連れて来られたものの、自分の香りをどう選んだらいいのかわからない。
少し考えた後、沙羅はマルコに助けを求めた。
「ねぇ、マルコ」
「よい?」
「マルコはどんな香りが好き?」
「俺の好み聞いてどうすんだよい!」
“自分の香りを探すように言われただろうが”と思いつつ、微かなこそばゆさを感じるマルコ。
それに対して沙羅は、はにかむように笑った。
「選べそうにないから、マルコの好きな香りでもいいかなって」
「!!」
思わず、細い目を限界まで見開いた。
伏し目がちな瑠璃色の瞳に、ほんのりと染まった頬。
その恥じらいを隠そうとする仕草が、逆に男心をくすぐると知っているのだろうか?
ましてや、“男の好きな香りを身につけてもいい”とは、何ということを言うのだろうか。
沙羅に“そのつもりはない”のはわかっている。
だが、知らない男が聞いたら、そのままホテルにでも連れ込まれかねない。
男の好みの香りを身につける、それがどんな意味を持つのか。
いっそ、このままお琴の前から掻っ攫ってその身に教えてやろうか。
だが、そんなことをすれば沙羅の信頼を失い、傷つける事になるのは想像に難くない。
返答に困ったマルコはさり気なくお琴を見た。
と、艶やかな笑顔の中に『余計なことを、お言いでないよ』と鬼を潜ませたお琴と視線があった。
『わかってるよい』
マルコも視線で返せば、お琴は沙羅を呼んだ。
「沙羅、マルコに聞いてどうすんだい」
「でも、よくわからなくて」
すると優しく微笑んだお琴。
「香りは人との関わりと一緒さ」
「人と?」
「自分の好きを通しすぎれば角が立つ、だが、他人(ヒト)を、立てすぎれば自分が立たたないだろう」
自分の好きな香りが他人も好きとは限らない。そうかといって他人の好みの香りでは、自分自身は満たされない。
その兼ね合いの中で、香りを選び、つける量、場、時を選ぶんだとお琴は言った。
沙羅は、その言葉を一言も聞き漏らすまいと熱心に聞いた後、再び香りを選び始めた。