第5章 海が泣いている
「沙羅、どうした?」
一歩、足を進めたマルコと沙羅の距離が近くづく。
空(クウ)を漂っていた沙羅の視線とマルコの視線が重なった。
「マルコ・・・」
小さく動いた唇から漏れるように呼ばれた自分の名に、頷くマルコ。
縋るようにマルコを見つめる瑠璃色の瞳がゆらゆらと揺れる。
微かに震えている体。だが一人で必死に堪えるように、一瞬開いた唇を結び直した。
“抱きしめてやりたい”
そのいじらしい態度にじわりと湧き上がる感情。
“守ってやりたい”
「沙羅・・・」
導くように優しく名前を呼ぶと、迷うことなく歩(ホ)を進めた。
マルコの右手が沙羅の後頭部に添えられる。
そのまま自身の胸に引き寄せるつもりだった。
瞬間。
沙羅の、
瞳が、
大きく
揺れた。
「海が・・・海が、泣いてる・・・」
瑠璃色の瞳から一粒、
涙が、
こぼれた。
“!!”
マルコの手が止まった。
このまま抱き寄せれば、今の沙羅なら容易く身を委ねてくれるだろう。
だが、たった一粒の涙。
僅かに一粒、堪えきれずに溢れた涙は、沙羅の心を現すようではないか。
自分がそうであるように、強くなりたい、皆を守りたいと思った沙羅にとって、それが為になるのだろうか。
歳三との修行は、物理的な強さだけでなく、
マルコを大人の男として成長させていた。
マルコの動きを止めた手が、沙羅の艶やかな黒髪を伝い、頬に降りていく。
今、自分が為(ス)べきことは彼女の不安や。苦しみを包んでしまうことではない。
強くなりたい、守りたいと思っている先に、家族がいることを気づかせてやることだ。
一人で戦うのではない。
皆で戦えること、
お互いが守り合えるのだと。
「沙羅」
マルコの指が沙羅の頬を伝う涙を拭い、今まさに、新たにこぼれ落ちそうな涙に触れ、目尻をすくった。
「回りを、よく見てみろ」
涙で霞んだ視界が鮮明になる。
「・・・」
目に、はっきりと見える家族の姿。
近くで心配そうにしているサッチ。
遠巻きにこちらを見ているクルー達。
遠くには、船長室から出てきたであろう白ひげと歳三。
そのさらに後方に小さく見えるお琴。
そして、
すぐそばにいるマルコ。
皆が沙羅を心配し、守りたいと思っていた。