第5章 海が泣いている
沙羅に思いを寄せているクルーを睨み、触れたクルーを睨み、次いで沙羅に敗れたクルーを見た。
“あ~あ、嫉妬しちゃて”
マルコに続いて飛び降りてきたサッチは、困ったような笑みを浮かべた。
自分の気持ちを自覚するのに、随分時間がかかったわりに、その思いに気がついてからは、気持ちを隠すつもりはないらしい。
おかげで、マルコの気持ちは当人である沙羅と、新入り以外、大抵の者が知っていた。
その時、突如響く声。
『沙羅?どうした?!』
その一声にクルーに睨みを効かしていたマルコは沙羅に視線を向けた。
クルーが驚くのも無理はない。
急に甲板後方を振り返った沙羅は、そのまま走り出した。
「沙羅?」
「沙羅ちゃん?!」
マルコに続き、サッチも追いかける。
追いついた二人が見たものは、手摺りに跳び乗り、それでもまだその先へ進もうとしかねない様子の沙羅だった。
「沙羅ちゃん!!」
“落ちれば命に関わる”
サッチは一度止めた足を、今一度踏み出した。
が、そんなサッチを遮るとマルコは無言で沙羅の足元を示した。
“!!”
サッチは、驚きに目を見開いた。
その隣で静かに沙羅を見つめているマルコ。
沙羅は僅かに浮いていた。
その足元から微かに
『シャリ・・・シャラリ・・・』
とあの不思議な音が聞こえてくる。
太陽の光を受けて足元に揺らめくそれは、あの月の夜と同じように水のように見える。
「沙羅」
恐らく今“ここ”にはない沙羅の意識に呼びかけるようにマルコは言った。
常人には聞こえ得ぬ声を聞き、
海を、水を操る沙羅の心は、今も見つめ続けている視線の、遥か西の彼方にあるとマルコは感じていた。
沙羅の反応はない。
だが、その背中は何かに堪えるように微かに震えている。
「沙羅っ」
今度は少しだけ力を込めて名前を呼ぶ。その声にぴくりと背中が反応した。
「沙羅?」
「・・・」
振り返れば、足元は手摺りから外れ、宙に浮く。その足元から、煌めきが溢れ(コボレ)ゆっくりと消えていく。
甲板に降り立った沙羅の顔は、苦しそうに歪んでいた。