第26章 牙を剥く悪魔
「だめだよ、ゾイドだけは」
聞いたことのない低い声と、い抜くような鋭い視線に沙羅の動きが止まった。
「サッチ、放して」
「だめだよ、放したら沙羅ちゃんはゾイドのとこにいく」
「放して!」
沙羅は強引に手を振り払った。
「っ・・・?!」
が、サッチの手はびくともしなかった。
それどころか、サッチに手を引かれ、バランスを意図も簡単に崩されれば、己のベッドに沙羅は倒れこんだ。
すぐに起き上がろうとした沙羅の耳に、ぎしりとベッドの軋む音と、
頭の回りが凹んだ感覚が伝わった。
見上げれば、見慣れた天井はなく、見たことのない表情のサッチ。
「 ・・・」
何かを言わなくては、そうは思えど、言葉が思い浮かばない。
いや、口が、喉が、体が動かなかった。
言い知れぬ感情。
沙羅はその感情が何か、わからなかった。
ただ、一つ、わかっていること。
“逃げたい”
“サッチから逃げたい”
「沙羅ちゃん」
いつもと同じ声で同じように名前を呼ばれれば、呼吸も忘れ、体が強張った。
「沙羅ちゃんはさ」
サッチが言葉を発すれば否応なしに、ベッドが微かに軋む。
ぎし・・・ぎしり・・・。
「マルコとは、もう、寝た?」
マルコトハ、
モウ、
ネタ?
「・・・?」
沙羅は状況を忘れて、きょとんとした表情を浮かべた。
サッチは何を言ってるのだろうか、
言葉が上手く咀嚼できない。
そんな様子の沙羅に、サッチは酷く乾いた笑いを浮かべた。
「悪い悪い、沙羅ちゃんにはまだ難しいよね」
前半は沙羅に向けて、後半はまるで自身に言い聞かせるようにサッチは呟いた。
その間、沙羅は微動だにしなかった。
いや、正確には動けなかった。
馬乗り状態で見下ろすサッチの視線が、それを許さなかった。
「ねぇ、沙羅ちゃん」
「?・・・」
呼ばれてサッチを見上げる沙羅の瞳が不安に揺れる。
その目尻をまるで、恋人にするようにサッチがなぞる。
「・・・」
“逃げないと”と沙羅の頭の中で警告がなる。
一体誰から?と、もう一人の沙羅が首を傾げた。
逃げろ
逃げろ
逃げろ
逃げる?
誰、から?
そんな耳に届いたサッチの、低い、声。