第26章 牙を剥く悪魔
それから更に数日後、モビーディック号の食堂に一瞬動揺が走った。
「じぁマルコが海に落ちたっていうのか?!」
ラクヨウが大きな声をあげれば、サッチが慌てて口を塞いだ。
「声がでかいって」
「けどよぉ!」
「戦闘中に似たパイナップル金髪の男が落ちたってだけ」
「じゃ、マルコは無事なんだな?」
「無事も何もぴんぴん・・・」
掴みかかるラクヨウに降参を示しながら、サッチが告げた瞬間、ガタガタっと音がした。
音の方を振り向けば、壁に寄りかかるようにして座り込んでいる沙羅。
その表情は真っ青で、体は小刻みに震えていた。
「沙羅ちゃん?」
「・・・っ」
サッチの声に誘発されたのだろうか。
瑠璃色の瞳から涙がぽろぽろとこぼれた。
瞬間、
逃げ去るように走り出した沙羅。
「沙羅ちゃん!!」
間髪入れず、ラクヨウを跳ね飛ばし、サッチは追いかけた。
「待って!沙羅ちゃん!!」
叫びながら、甲板の方に走っていく沙羅をサッチは懸命に追いかける。
沙羅はあっという間に階段を駆け上がり、
常であればきちんと迂回する障害物を、軽々と飛び越えていく。
その様に、サッチの危惧が確信に変わった。
もうサッチの目にも海が見える。
このままでは飛び込まれてしまう。
海に飛び込まれては、沙羅を止める術はない。
そうなれば・・・。
サッチの脳裏にゾイドに蹂躙され、犯される沙羅が浮かんだ。
ゾッと、冷たい物が背中を走る。
と、
サッチの視界の先に映る薄桃色。
「危ねぇな、走るな」
優雅な所作で、沙羅の行く手を遮ったイゾウ。
「沙羅ちゃん!!」
僅差で追い付いたサッチは、ほっとしながらも、己の不安をかき消すように、沙羅の手を握った。
「サッチ・・・、ごめんなさい、イゾウ隊長」
謝られたイゾウの眉が、微かにひそめられる。
が、イゾウはただならぬ様子で追いかけてきたサッチに、この場を任せることにした。