第26章 牙を剥く悪魔
舞い降りる雪の中から、“それは”姿を現した。
「「「船だ!!!!」」」
その声に、緊張が走る。
手には己の慣れ親しんだ獲物を持ち、臨戦態勢だ。
すぐに怒号が飛び交い、弾丸が飛び交い、金属のぶつかる音が響くと多くの者は思った。
が、その船は異常なまでに静まり返っていた。
波もほとんど立てず、ゆっくりと進んでくる様はさながら幽霊船だ。
いや、進んでいるのではない。
その船は正しく流されていた。
「誰もいねぇのか?」
いよいよモビーディック号とすれ違う形となったその船に人影はない。
「お~い、誰かいねぇのか?」
顔を見合わせ、首を傾げるクルー達。
「ゆ、幽霊船・・・か?」
「ば、馬鹿言うな」
ざわめき出すクルー達。
「騒ぐな、各自持ち場を守れ」
左舷側に集まり始めたクルーを蹴散らして、マルコが横に並んだ船を見下ろした。
「・・・」
「見ろ、あの甲板・・・」
ジョズの言葉に頷きながら、数名の隊長達と視線を交わす。
イゾウは口元に美しい弧を浮かべると、不気味な船を見下ろし、拳銃を取り出す。
ジョズは白ひげの傍に立つ。
ハルタは踊るように軽やかにジャンプするとモビーディックの縁(ヘリ)に立つ。
「さて、行くかね」
「承知」
そんなマルコの後ろに立つサッチとビスタ。
それぞれが言わずとも、状況に応じた適材適所の配置に立つ。
長い付き合いの中で生まれた互いへの信頼に、マルコはニヤリと口の端をあげた。
「マルコ、私・・・」
『私も行く』と意志を押し通すほどの強さはなく、それでも諦めることのできない口調。
本音は沙羅を不気味な船へは連れていきたくはない。
先程ジョズが示した甲板には、夢の通りの“染み”が無数に広がっていた。
沙羅の予知夢然り、船内がどうなっているかは想像に難くない。
だが、ゾイドと沙羅の関係を考えれば否とは言えるはずがない。
両親であるロイの命を無慈悲に奪い、ユエに陵辱の限りをつくし、その死すらも辱めた、敵であろうゾイド。
そのゾイドが仕掛けてきた船に、沙羅が行くのは必然なのだ。
「沙羅・・・、離れるなよい」
サッチとビスタに目配せをした後、マルコは目尻を下げながら是を示した。