第20章 忘れられない女
5月11日。
その日は沙羅にとって特別な日だ。
今年は海の上で迎えるだろうかと思っていたのだが、幸い島に着くことができた。
街並みを眺めつつ、目的の物を購入すべく進んでいく沙羅。
その様子を、シャンクスはこっそりと見守っていた。
約束したわけではないが、上陸するときはといつもシャンクスと一緒だった。
だが、初めてシャンクスが誘う前に下船した沙羅。
もしや、このまま戻らないのでは。
もしくはまた危険なことするのでは、と心配になったシャンクスはいけないとは思いつつも後をつけることをやめられなかった。
物陰に隠れたシャンクスの鼻孔を花々の香りがくすぐる。
『その白い・・・と・・・、赤い牡丹を・・・』
聞きなれた声が、シャンクスの耳に途切れ途切れに届いた。
花屋から出て来た沙羅は白を基調に黄色や紫の入った菊の花束と、真っ赤な牡丹の花束を抱えて出て来た。
かなり大きな花束だ。
いつだったか、菊の花は亡くなった者への献花だとベックマンが言っていた事をシャンクスはぼんやりと思い起こした。
その配色のせいだろうか、優しく包み込むような、それでいてどこか浮世離れしたような雰囲気を感じさせる菊の花束。
対して、もう一つの花束は圧倒的な存在感を放っていた。
百花の王とも言われる牡丹の花。しかも真っ赤に咲き誇るそれは、女帝のようだ。
不思議な組み合わせだ。
それをまるで敬う様に大事に抱えて、沙羅は歩き出す。
続いて酒屋に入れば、和の国の酒を求めた。
銘柄は聞き取れない。
もう既に荷物で両手はいっぱいだ。
それでも沙羅は町を縦断するように歩いて行く。
疎らになってくる店。その内の一軒で沙羅は足を止めた。
茶碗やら徳利やらが雑多と並べられた中に、揃いの盃があった。
どうやらそれを購入しようか否かを迷い、塞がった両手に諦めたらしい。
店主に会釈をすると、また花束と酒瓶を抱え直し歩き出す。
それを、見送ったシャンクスは少し遅れて、早足に追いかけていった。