第20章 忘れられない女
僅かな間。
見送るように船縁に立っていたシャンクスの背中にベックマンが淡々と言った。
「明朝出向だ、遅れるなよ」
その言葉にシャンクスは“にっ”と笑みを返すと暗闇に姿を消した。
同行できないなら、尾行するまで。
シャンクスは『わかった』と言った際、そう決めていた。
“何の能力だ?”
運悪く鉢合わせした海兵を音もなく一瞬で倒していく沙羅。
その動作は、触れているだけに見える。
刀は抜かれていない。
疑問はそれだけではない。
何かに導かれるように迷うことなく突き進み、奥まった部屋に忍び込む。
そのまま当たり前のように重厚な机まで進むと、辺りを調べ始めた。
“・・・!!”
物陰から様子を見守っていたシャンクスは、身構えた。
突然部屋中の明かりがつき、物々しい警告音が鳴る。
いや、それよりも早く、沙羅の頭上から音を立てて落ちてくる鉄格子。
「馬鹿め、俺の宝を狙ったことを後悔しろ」
部屋を開けてはいってきた男の背中には“正義”の二文字。
「・・・女か」
下卑た笑みを浮かべ、檻の中の沙羅を眺めた。
対する沙羅は、それを恐れる様子はない。
ただ、シャンクスが見たことのない底なしのように黒い感情を瞳に浮かべていた。
「何だ、その目は!俺は大佐様だ!礼儀も知らねーのか!」
そう怒鳴ると鉄格子を蹴り、威嚇した、
いや、威嚇しようとした。
「手はどこ?」
触れることなく切断された鉄格子を踏みつけ、刀を抜いた。
「手?・・・な、何の話だ?」
大佐はあからさまに動揺するも、そう言った。
「すぐ傍にあるのは“わかってる”」
沙羅は抑揚のない声でそう告げると、間合いをつめ刀を構えた。
間近になる沙羅の顔。それを見て大佐の顔色が変わった。
「お前?!・・・まさか・・・あの女の・・・?!」
そう言った瞬間、大佐の絶叫が響き渡る。
「手は、どこ?」
ゆっくりと確認するように吐き出された言葉は、憎悪に満ちていた。
大佐の腕からは鮮血が噴き出し、沙羅の顔に、服に飛び散る。
多少血に慣れた者でも、自分の顔や服に血が飛び散れば無意識にも拭うだろう。
だがそれさえも沙羅にはなかった。
血に慣れすぎた故か。
深くすぎる憎悪故か。