第18章 覚悟
イゾウ様
本来なら直接お伝えすべき重大な事由ではございますが、それすらもままならぬ故、お許し下さい。
ここに記しことは、沙羅様にお渡ししたユエ様の日記に書かれてある事のほんの一部です。
主、贋兵衛がお伝えしたことに偽りはございません。
初めは海とともにあり、海を守る者として海神族の直系は崇められておりました。
しかしながら力を持たずに生まれて来る者も多く、いつしかその麗しき見目が重用されるようになってまいりました。
数百年前、その美しい姿が、天竜人の目に止まりました。
その時から、海神族は天竜人に三年の期限つきで献上されるようになりました。
イゾウ様ならこの意味がおわかりでしょう。
私の知る限り、
耐え難い恥辱に途中でご自害なされた方がほとんどでした。
お戻りになられて、正気を保てない方は・・・子を成す道具として“使われました。”
歴代の主も贋兵衛も、献上と引き換えに富と権力を手にすることが海神族の繁栄に繋がると申して止みません。
逆らう者は、奴隷として天竜人に渡され、異を唱える者は、いなくなりました。
そんな折り、ユエ様が献上されることとなりました。
ユエ様の美しさは海神族の中でも類い稀なもの。
献上されれば、欲望の嵐に曝されることは目に見えておりました。
元々繊細なユエ様は、献上される前にご自害をなさろうといたしました。
その時に助けて下さったのがロイ様、沙羅様のお父上様です。
事情を聞いたロイ様はユエ様を一族から逃してくれるのを手伝って下さいました。
結果、天竜人の目に止まった直系の血筋は途絶え、一族は衰退の道を辿ることとなりました。
そこへ現れた沙羅様は、巨万の富を生み出す金の卵のようなもの。
贋兵衛は一度逃げおおせたくらいでは、決して諦めないでしょう。
贋兵衛は海神族の力を無力にする術を知っています。
どうか、黒油にお気をつけ下さい。
和の国の地下深くより採掘される黒油は、異国にもあると聞いたことがあります。
黒油に触れると海神族は体の力が抜け、自由が効かなくなります。
どうか和の国を再訪することのないよう、異国であっても油断なされぬようお願いいたします。
差し出がましい事ですが、沙羅様をどうか、どうかお願いいたします。
お二人の末永い幸せをお祈りしております。
晴陽