第18章 覚悟
『マルコ』と自分を呼ぶ高めの可愛い声が聞きたかった。
目が合うと微笑む顔が見たかった。
沙羅がいるだけで心が安らいだ。
自覚している以上に沙羅の存在は、かけがえのないものなのだとマルコは感じていた。
沙羅の為にと、覚悟を決めて送り出したはずなのに、今すぐに和の国へ迎えに行きたかった。
“沙羅・・・、会いてぇよい”
マルコはサッチが横にいることすら忘れて、ため息をついた。
その時だった。
『・・・ルコ・・・』
頭の中に沙羅の声が響いた気がした。
マルコはすぐに和の国の方を見た。
しかし、辺りは見渡す限り青い海。
沙羅はもちろん、魚一匹見当たらない。
空耳だったのだろうか。
“沙羅・・・無事に帰ってこい”
もう一度心配そうに海をしっかりと見つめると、訝しげな表情のサッチに『何でもねぇよい』と返し、甲板を後にした。
イゾウと共に海に飛び込んだ沙羅は、言いようのない倦怠感、虚脱感の中、必死に海底を進んだ。
水の中でも呼吸ができるよう、大きな水球のような空間作った。
力を抜けば間違いなくイゾウは死んでしまう。
腕に巻き付いた黒くて粘けのある液体が染み込んだ縄はすぐにイゾウが切ってくれた。
しかし、腕に残る液体は水を弾いてしまい落ちず。
拭っても完全に取り去ることは出来なかった。
船もなく、万が一追っ手が探索していることを考えると、苦しみの中、近くの夏島を目指して海底を進むしかなかった。
晴陽から渡された包みに書かれていたおぞましい事実。
母の秘められた過去は尚更沙羅を打ちのめしていた。
苦しくて、
苦しくて、
どうしようもないほどに苦しくて、
そんな時に感じたマルコの気配。
うれしくて心強くて、その名を呼べば、
もう一度感じた優しい気配。
倦怠感も虚脱感も一気に軽くなった気がした。
その晩、夏島についたイゾウと沙羅は海中から姿を現した。
もっとも、海神族の力のおかげで、水浸しにはならなかったのだが。
「沙羅、っ!!」
『大丈夫か?』と続けようとしたイゾウは倒れ込む沙羅を支えた。
もともと体は普通の人間。イゾウのように鍛え上げた肉体を持っているわけではない。
仕方なかったとはいえ、イゾウは歯がみしながら沙羅を抱き上げかけた。