第18章 覚悟
「諦めろ、動けない沙羅様を抱えては溺れ死ぬだけだ」
「・・・」
イゾウはぐったりしている沙羅をゆっくりと降ろした。
沙羅の右手には先ほど舟の主が巻きつけた黒い縄が絡みついている。
「黒油(コクユ)か・・・」
その言葉に取り囲む男達の目に動揺が走った。
イゾウの口元が弧を描いた。
知りたかった答えは得た。
もう、こいつらに用はない。
「沙羅、“いけるな”?」
「はいっ・・・」
苦しみの中でも、イゾウが何をするかを察した。
対する男達は“まさか”と言わんばかりに顔色を変えた。
そんな男達を嘲笑うかのように、イゾウは沙羅を抱き寄せると地を蹴った。
男達が丘から下を覗き込むも、後の祭り。
二人の姿は白波に消え、
すぐさま、男達が丘を駆け下りるも見つかることはなかった。
その頃、モビーディック号は和の国からほど近い夏島を目指して航行していた。
「この暑い中、いつまでいるつもりだぁ?」
「鳥だから丸焼きになるまで気づかないかも♪」
ラクヨウとハルタの目線の先には、ギラギラと照りつける太陽の下、海をぼんやりと眺めるマルコがいた。
その目にいつもの鋭さはない。
沙羅が和の国へ旅立ってから日が経つにつれて、マルコはぼんやりとすることが増えた。
それでいて、戦闘になればいつも以上にその強さを発揮し、一人で敵船を潰してしまうこともあった。
事務処理もいつにも増して的確で速い。
書類を適当に書いた者はこっぴどく怒られた。
それでいて、いつもなら期限切れに催促、いや怒鳴るはずが期限切れにすら気づかないこともあった。
「あれ、食えんのかよ?」
「・・・お腹壊すんじゃない?」
好き勝手に話す二人にサッチが呆れながら声をかけた。
「お前らなぁ、ぶっ倒れる前に止めろよ」
言いながら、マルコの元へ向かう。
何だかんだと面倒見のいいサッチだ。
いくら屈強な肉体をもつマルコでも焼け付くような日差しは、体を弱らせるだろう。
「マルコ、丸焼きになるぞ」
沙羅ならなんて声をかけるのだろうか、と矛盾した疑問を持ちながら言った。
「・・・よい」
いつもなら悪態で返される所だが、相変わらずぼんやりと相槌を打つのみ。
マルコの頭の中は沙羅でいっぱいだった。
『ずっと、マルコのそばにいるよ』
そう言われたのが、もう遠い昔のようだ。