第18章 覚悟
入ってきた時と同じく、音もなく出て行く三人。
障子が閉められ遠ざかっていく気配をイゾウは確認すると小さく息を吐いた。
と、また障子が開いた。
イゾウが身構えると、入ってきたのは晴陽だった。
晴陽は“静かに”と目配せしながら、沙羅の元へ歩み寄ると持っていた小瓶を口元にかざそうとした。
『気つけ薬です』
警戒を顕わにしたイゾウに晴陽は安心するよう囁いた。
「・・・」
イゾウは無言で手を差し出した。
不確かな物を沙羅に飲ませるわけにはいかない。
自分が毒味をするのが一番確実だと思ったイゾウの行動に驚く晴陽。
それでも無言で差し出した晴陽もなかなかのものであろう。
イゾウが毒味を終えると晴陽はすぐに気付け薬を口元からゆっくりと流し込んだ。
「目覚めたらすぐにこの国から逃げて下さい」
小声で伝えながら、小さめな風呂敷包みと書状を差し出した。
晴陽は包みを沙羅へ、書状は夫の貴方も読んで欲しいと付け加えた。
その横で沙羅が身じろぎ、ぼんやりと目を開けた。
「沙羅様をお願いいたします」
言いながら問答無用とばかりに手早く荷物をまとめた。
「晴陽さん・・・?」
薬のせいか思考がぼんやりとしている沙羅の手を晴陽は包み込んだ。
「沙羅様、どうぞお幸せに」
晴陽の瞳に微かに涙が滲んだ。
その横でイゾウも準備を整えると、立ち上がった。
「?・・・」
沙羅だけが、状況が理解できずにぼんやりとするばかり。
そんな沙羅を急かすように手早く着物を着せ付け、身支度を整え終えた晴陽。
「さ、早く」
その声は鬼気迫るものがあり、二人は何も聞くことができなかった。
ただ、晴陽が自分達を心底心配してくれていることだけはわかった。
屋敷を後にした二人は、晴陽の言葉に従い、休むことなく歩みを進めた。
夜も開け、持たせてくれたおにぎりを食べながら歩き、歩きに歩き、宿で死んだように休む。
明け方には出立し、また歩けるだけ歩く。
それを数日間繰り返せば日も暮れた頃、港町に到着した。
残念ながら僅差で最終便は出てしまった。
二人は仕方なく宿を取り、朝一番の便で出ることにした。