第18章 覚悟
“酒、眠薬”
広げた紙の中に、さらに小さな紙。そこに、走り書きされたその文字。
イゾウは目を細めた。
どうやらこの屋敷には何かあるらしい。
だれが敵か味方か。
晴陽が善意でこの警告を送ったのか、否か。
くつりとイゾウは笑った。
人が三人揃えば争いがおこる。
この大きな屋敷だ。さぞかしおどろおどろしい人間関係があるに違いない。
内状に興味はないが、それが沙羅を害するモノであれば容赦しない。
イゾウの目に危険な光が宿った。
厠から戻ると、笑い声とともに『うわ~、若い!』と沙羅の声がした。
障子を開ければセピア色の写真をまじまじと眺める沙羅と説明をしながらいくつもの写真を広げる晴陽がいた。
「イゾウさん、見て下さい、母が16歳の頃です!」
サッチからユエが絶世の美女とは聞いていたが、思わず見惚れずにはいられない少女が控えめな笑みを浮かべて写っている。
その横には、今も面影が残る晴陽らしき少女。
イゾウが晴陽をちらりと見れば『乳姉妹(チキョウダイ)なんですって!』とつけ加えられた。
「ユエ様には、本当によくしていただいて」
沙羅の言葉に恐縮しつつ晴陽は続けた。
その表情にも言葉にも悪意は感じられない。
それから暫し、イゾウは晴陽を観察しながら、二人の会話を静かに聞いてると夕餉の準備が出来たと声がかかった。
晴陽の案内で先ほどの部屋に戻れば、見事な料理の数々並んでいた。
その彩り、繊細な細工に沙羅は感嘆の声をあげ、見惚れていた。
その様子を贋兵衛は目を細めて眺めながら、夕餉は始まった。
和やかな雰囲気、弾む会話。
お酒は飲むふりをして器用に袂に隠した器に捨てた。
何事も起こらないままに、楽しい時間は過ぎ、眠りについた。
丑三つ刻、強い視線を感じたイゾウは微かに目を開けた。だが、部屋にも障子の外にも人の姿はない。
“・・・”
だが、確かに見られている。
イゾウは見聞色の覇気を巡らした。
“・・・あの、面か”
部屋に飾られた能のお面から視線を感じる。
恐らくイゾウと沙羅が睡眠薬で眠っているのか確認しているのだろう。
かなり露骨な視線だ。
いつもの沙羅なら起きるに違いない。
だが、不自然なほどに身動きせずに眠っている沙羅に確信する。